第8章 眠り姫と黒の影
「shadow…ですか」
ナギが流暢な英語で呟く。
「それ、俺も聞いたことある。テンテンの裏」
「やっぱり…みんなも思ってたんだね」
タマキに便乗して、リクも口を開く。
「急に、会ってくれなくなったし…ヤマトさんの言う通り、冷たくなった。…でも、何か違うんだ、本当に嫌われてないんじゃないか、って…思うんだ…」
「リク、さん…」
イオリが苦しそうにリクを見つめる。
その時、ミツキが場を和ませようと声を出す。
「っし!へこたれてても何も変わんないんだ、今はとにかくアリスの薬の謎だ!」
「…ミツ」
ヤマトが見つめるその笑顔には、どこか無理があった。
でも、その気持ちはみんな同じで。
「さて…とりあえずアイツだな」
ヤマトは珍しく、自分の衣装の猫の尾から緑色の石が付いたシンプルなチャームを手に取ると、ついさっきアリスに飲み物を持ってきた執事の顔を思い浮かべた。
「どうだ、アリスはあの液体を口にしたか?」
黒のポーンの駒から、上司の声を聞くと口の端を上げて報告する。
「えぇ。その後突然倒れてから、眠ったままの様です」
「眠ったまま…そうか」
「流石ですね。アリスを奪う為には手段を選ばない…まさに、全ては我が国のため…ですね」
「…」
上司の声が聞こえなくなり、黒のポーンの持ち主は焦りを覚える。
…喋り過ぎたか。
「あの、では俺、アリスを連れて戻りますね」
「は?」
「俺でも十分動けますよ。何しろあのクジョ…いえ、テン様のご指示なので」
初めて直々に任された任務だ、失敗する訳にはいかない。
そう意気込んで伝える。
「安心して下さい、ガク様。貴方の手を煩わせること無く、この任務を遂行してみせます」
その言葉を聞いた直後、通信が途切れた。
「テンの、命令…?」
俺は薬を飲ませた後連絡をくれ、と伝えただけだ。その後は自分でアリスを攫う予定だった。
「…焦ってる姿って珍しいな、ガク」
「っ!」
慌てて振り返るも、声の主の姿が見えない。
…まさか。
勢い良く頭上を見上げる。するとそこには予想通り、緑の髪を靡かせた猫が機嫌悪そうにこっちを見下ろしていた。
「…ヤマト」
名前を呼ばれると、軽やかに木から飛び降りる。
「よ」
「ったく、ビビらせんなよ」
「どっちがだ。アリスに何飲ませた」
「…知らねぇ」