第1章 モコモコうさぎ
綺麗な満月が夜空に浮かぶ冬の日。街の至る所でイルミネーションが輝きを放っていた。
「クリスマスかぁ…」
多くの人が待ち焦がれていた恒例行事、クリスマス。つい数週間前までハロウィンだったというのにな。なんて思いつつも、私も純粋に楽しみにしていた。…はずだった。
遡ること数時間前。父である社長の音晴から突然告げられたある仕事が原因だった。
「紡くん、ちょっとお願いしたい事があるんだ」
私に間を与えずに笑顔で続ける社長。
「君に次の新曲の詩を考えてもらいたい」
「…え?」
詩って、あの、歌詞?
あまりに突然の事に思考が停止する私に、追い打ちをかけるように続ける。
「クリスマスと恋愛をテーマに新曲を出そうとしているんだけど、どうもしっとりとした雰囲気になってしまってね。そこで君に彼等らしい、明るくポップな歌詞にして欲しいんだ。お願いできるかな?」
ちなみに[彼等]とは、もちろん私が担当している7人のアイドルグループ[IDOLiSH7]のことである。
「君にしか出来ないんだ、頼まれてくれないかな…?」
しょぼんとした顔で私を見る社長。実は父のこの表情には弱い…。押されると弱いのだろう…。
「や、やってみるだけなら…」
仕方なくそう言うと、社長は私の言葉とほぼ同時に笑顔に戻る。
「本当に!君なら引き受けてくれると思っていたんだよ!それじゃあ、宜しく頼むね」
まるでカブトムシを見つけた少年のように無邪気な笑顔の社長の元を後にして、仕事を終えた。
…そして今に至る。
そんな訳で、今は純粋にクリスマスを楽しむどころではなくなってしまった私。
「クリスマスと恋愛…」
詩の相談などは受けた事はあっても、最初から考える事は無かった。不安と緊張がほとんどだったりしているのが正直なところだ。
溜息と共につい弱音を零す。と、その時。
「みゅっ、みゅっ♪」
職場である事務所で飼っているはずのきなこの姿が私の目の前を横切った。
あれ?でも万理さんもお父さんもいない?という事は…?
私は不安のあまり、不吉な想像をしてしまった。
「もしかして…脱走…!?」
そう思うや否や、私は急いできなこを追いかけた。