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第11章 斎児ーいわいこー



「おめえはよ」

路六が首を傾げて鍋の蓋を開けた。
美味そうな匂いの湯気が盛大に上がって穴蔵が温かな湿気でいっぱいになる。

「おめえは今でもそんな風に色んなことがわかっちまったり、見えちまったりすんのかい」

のんびりした口調に僅かな当惑が滲む。世故長けてはいるがけして人は悪くないこの大獺を戸惑わせたことにー戸惑われたことにズキンと胸が痛んだ。

「知りたいことが知れる訳ではないし、知りたくもないことを知ることも多い。私が望んで何かを知ることは出来ないんだ」

しくしく痛む胸元を擦りながら答える。

「あんまり便利なもんじゃねえんだな」

便利なものか。

大体何だって口の軽い私に他言を憚るような他人の事情を見せるのか。人外にしてみても、懐が深いわけでも肝が座っているわけでもない私に姿を見せたところで何が出来るわけでもない。つまり、私がこんな私であることでいいことなぞひとつもないのだ。それなのに、誰が何のつもりでこんな因果を作ったのか、腹が立つ。

「で、結局節とはどうなったんだ…て、聞くまでもねえか。おめえがこうしてぐずぐずしてんのは節といい仲になったからこそだろ。突っぱねられて後生悪く食いつくような根性はおめえにゃなさそうだもんなぁ…。…おいおい。顔を赤らめんなよ。男の恥じらい姿なんて蚯蚓の屁よか泥臭えもん見易いもんじゃねぇぞ。薄気味の悪ぃ」

「蚯蚓の屁…」

「嗅ぎてえか?」

「聞くまでもないとは思わない?」
 
「もしかしてってこともあるだろ」

「他人の意思を慎重に図るのは悪いことではないけれども」

「色んなやつがいるからなぁ。おめえらン中にも、俺らン中にも」

鹿爪らしく答えた路六が、ふいっと鼻先を上げた。平たい鼻をヒクつかせ、訝しげに眉間辺りに皺を寄せる。

「うん?ちっと話を端折った方がいいな。ささ、先を話しな。なるたけ短く、早めにな」

何故、と問おうとして止めた。

何か理由があるのだ。

そしてその理由は今私にはわからない。短く早めにと言うのならそうすれば良い。
この世もあの世も私にはよくわからないもので溢れている。わからないことに逆らわず身を任す時があってもいい。何をした訳でもないのに、神に睨みを効かされているような次第であるならば尚更だ。

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