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第11章 斎児ーいわいこー



「私の兄弟子たちが安らっておられる墓所です。そのように言われては心苦しいですね」

引き攣きれた火傷の跡をなるべく意識しないように、節さんの目だけを見て言う。
黒炭の目。真黒くて後を引く。深い深い。綺麗な目。
この人は率直で好ましい顔立ちをしてはいるけれど、決して美人ではない。でもこの目。思わず吸い寄せられるような目の力が尋常でない。

「安らっておられますかどうか」

節さんは堅い顔で無縫塔を見やった。

「お坊様であっても人に変わりはないでしょう?死ねば安らぐものでもないし」

皮肉らしくもなく、変に気遣うでもなく、ただ淡々と言うと、節さんは額の生え際に浮いた汗を懐から取り出した手拭いでそっと拭った。きちんと丹念に畳まれた手拭いが真白い。染め抜かれた桔梗の凛とした風趣が節さんらしい。
らしいと言ってもこの人のことを、私はほとんど知らないのだけれども。

「死んで反って迷い悩む御霊もありましょう。それはお坊様でありましょうとも変わりないことではありませんか」

私と目を合わせ、また無縫塔を見、節さんはちょっと疲れたような顔をした。

「失礼ながら、むしろ反って業の深い方もおられるかも知れません。人の性根は傍目だけで判るものではありませんし、元々悩みが深いからこそ俗世を棄てる方もありましょう」

「…何か…」

何かあったのですか?
人には迂闊に話せない、誰に信じて貰えようかと思ってしまうような、何かが。

そう聞きたかったけれど、また口が凍った。ゆるゆると要らぬ失言を繰り出す締まりない口のくせに、返す返すも役に立たない。
歯噛みする思いで次の言葉を探していたら、ふと無縫塔が仄白くぼやけて揺らいだ。
話を途切れさせたまま節さんとふたり、無縫塔を凝視する。
我知らず体が強張った。無意識に腕を引いて後ろへ庇った節さんが微かに呼気を乱している。

怯えているのか。ああ、そうだよな。これは鬼火とは訳が違う。意思のある者だ。鬼火より怖いものだ。慣れていても怖いものは怖い。わかるよ、節さん。

無縫塔から白くて細長いものが出た。淡く、人の形は呈していない。昔人の御霊かと思ったが、何か見覚えがあるような気がした。
背の節さんがぶつぶつと何か口ずさんでいる。経でも唱えているのだろうか。食い縛った歯の間から漏れ出しているのだろう声は、口早な上に細やかではっきりとは聞き取れない。

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