第9章 仮装はいかが?【紅松】
抵抗したら顎を掴む手に物凄い力が込められて痛かった。
でも、ぼやけそうな位目前に迫った男の顔に吐き気を覚える。
必死に男を払いのけ転げるように距離を取ったけど、もう一人が僕の後ろに立ちはだかる。
地面に手をついて右足で後方を払い、後ろに立ちはだかった男をなぎ倒してその男を飛び越えて走った。
だけど向こうも足には自信があったようで直ぐに追いつかれて腕を掴まれる。
「くっそ離せっ!」
男の握力は強くて、喧嘩は常習のようで手の甲はゴツゴツとして大分皮が厚くなっている。
僕は有無を言わさず一軒の店に連れ込まれた。
そこは昼間やっていないであろうバーだった。
店内は真っ暗だ。
一対一なら逃げられたかもしれない。
しかし、三対一で力もかなわないとなると逃げれる気はしなかった。
真っ暗でわからないけど僕の視界は今これ以上ないくらいぼやけているだろう。
(おそ松・・・兄さん・・・)
こんな時に僕の頭に真っ先に浮かんだのは僕を待ってくれているであろう長男の事だった。
僕は消え入りそうな声で呟く・・・
「・・・助けて・・・兄さん」
「トド松ぅ~、そんなんじゃ聞こえないよ~?」
「だ、誰だ!?」
「トド松ぅ~?」
「おいっスルーしてんじゃねぇぞ!」
聞き慣れたその声に安堵してさらに涙が溢れた。
その声の言う通り聞こえるように叫んでやる。
「助けてよっ、おそ松兄さんっ!!」
「よくできました~」
剽軽なその声が静まり、そしてこれ以上ないくらいの冷たさを帯びて再び吐き出された。
「あんた達・・・俺の大事な弟に何晒してくれてんの?覚悟はできてんだよね?」
「覚悟だぁ!?それはこっちの台詞だ!!」
バンッと店内の明かりがつく。
と同時にうめき声が聞こえた。
慌ててその声のした方に目を向けるとそこには腹を押さえてうずくまる男の姿があった。
残りの二人は青褪めてあたりをきょろきょろと見まわしている。
「そっちじゃないよ、こっちこっち~」
「っの、ふざけやがっブフェッ!!」
声に振り向いた男の顔面に酒瓶がめり込むと同時に僕の腕が自由になった。
僕は慌てて目の前にいるおそ松兄さんの背後に隠れた。
残された男は転びそうになりながら店を出て行った。