die Phasen des Mondes【ディアラヴァ】
第16章 episode.16
話しかけようと身体を起こしかけた所で肩を押さえられた。
お湯がパシャッと音を立てる。
「ひゃっ…」
「こら。
動くと、私に見えてしまいます…。
それでも、良いのですか…?
私は構いませんがね…」
耳元で囁かれて、慌ててお湯に身を沈め腕で上半身を隠した。
恥ずかしい…。
「ふっ、そうです。
いい子にしていて下さい」
温かいシャワーが掛けられた後、シャンプーのいい香りに包まれる。
…何故こんなにシャンプーが上手なんだろう…。
気持ちよくて、このまま眠ってしまいそう。
「あの…どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
リラックスしてきた私は、思った事をそのまま口に出していた。
「どうして…。
そうですね…、どうしてでしょう」
「逃げたら…殺す…って言われていましたし…」
動かす手が、一瞬止まる。
「フフッ。
殺して欲しいと言っている者を望み通りに殺しても、何の面白味もありませんしね…。
それに…そもそも、父上からは殺すなとの命令ですし、例え殺すとしてもそうそうすぐに手を下すことはありませんよ」
そっか…。
シャワーをひねる音がする。
流れていく泡が排水口に入っていくのをぼんやり見つめた。
「ただし…それはどんなに苦痛で死にたくとも死ぬ事は出来ない、逃れられないという事を意味しています。
貴女がどんなにもがこうとも、ここから逃げる事は不可能なのですよ」
改めて現実を突きつけられたようで、重い鎖にでも繋がれたような気持ちになる。
それは絶望でもあり、何故か心地よい束縛のようなものにも感じた。
「それに…私には、貴女がここでの生活に嫌気が差して出ていったようには思えないのです」
「………」
トリートメントが毛先まで塗られるのを感じる。
静かになった浴室内で、シャワーヘッドから一滴の雫がポタリと落ちた。
「この後、話してくれますか?
どうして出て行ったのか」
そう、問いかけられて、私は頷く事が出来なかった。