第1章 1話
薔薇の小説家視点
薔薇の香りが漂う温室に私は今日もいた。たった一人の読者の為、古びたアンティーク物の万年筆で書き続ける。
「今日も来たよ。筆の進みがいいって聞いて嬉しいよ」
書く作業を始める時に入れたアイスティーが飲み干され、入っていた氷が水となり、夕焼けと少しだけ残った紅茶で紅く輝く頃に彼は来た。
「いらっしゃい、赤葦君。コーヒーだすよ。アイスでいい?」
赤葦君はああ、ありがとうと言って、私の作業用のイスの向かいのイスに座る。最初の原稿を探して、読むよと声をかけた。私はいいよ、と言う。氷と甘味のない吸い込まれそうなブラックコーヒーは赤葦君に似ている気がする。私はサイドテーブルを出して、赤葦君の近くに例のアイスコーヒーをそっと置いた。
「もう少しで完結かな」
と私は最終ページの予定の原稿用紙に字をぶつける。
「へえ。それは楽しみだ。佐藤美咲先生?」
佐藤美咲、私のペンネームだ。
「ええ、はい。完結。今回も胸糞悪い狂気的な恋愛を書いてしまった」
ひたすらに報われない男女の関係。糖分過剰な小説をブラックコーヒーを啜りながら読む赤葦君はなんだか美しい。耽美的な美しさがある。
「佐藤先生らしくていいじゃないか」
原稿用紙を読みながら彼は言う。
私は原稿用紙を番号順に揃えておく、赤葦君は既に3枚目を手にしていた。それを脇目に私は、温室の薔薇の手入れをする。薔薇しかないがたくさんの種類がある。