第8章 夏の始まりと合宿と…
お稽古場に着くと、竹刀が交わる音と、掛け声が聞こえて来る。
そっと中を覗くと、原田先生と目が合った。
ぺこりと軽くお辞儀をすると、原田先生はこちらに向かって歩いて来る。
「どうした?」
「指を切ってしまって」
「そりゃ大変だ。消毒しねぇとな。」
原田先生はそう言うと、救急箱のある場所に連れていってくれた。
そこには、斎藤先輩と1年生の部員がいて、どうやらテーピングをしているみたいだった。
私がいることに気がついて、こちらに視線が集まる。
「斎藤、千鶴が指切っちまったらしい。消毒液取ってくれ。」
テーピングを教える手をとめて、斎藤先輩は救急箱に手を伸ばし、消毒液を取り出すと、
「左之先生、この者のテーピングを教えて欲しい。俺では複雑すぎて勤まりません。」
と、原田先生に言って…
「ん?足の指だろ?斎藤なら…あ…わかった。そんじゃ千鶴の消毒液頼むな。」
と…斎藤先輩が私の消毒をしてくれることになった。
なんだか急な展開に、ドキドキし始めた心臓の音はどんどん大きくなってしまって、斎藤先輩に聞こえてしまうのではないかと心配になる。
真剣に私の指に消毒してくださってる斎藤先輩を、ドキドキしながらのぞき見する。
邪魔ではないのかしら?と思える、少し長めの前髪が、方目に掛かっているのだけれど・・・その前髪をはらっているところを見た事がない。
その前髪の隙間からちらりと見える瞳に、ドキドキの音はさらに大きくなってしまった。
つかまれている指先が熱い。
斎藤先輩達のお邪魔をしてしまっているというのに、私はなんだか一人浮かれてしまっていた。
丁寧に消毒をして、耐水性のある絆創膏をはってくださって…ただの切り傷なのに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。