第8章 夏の始まりと合宿と…
お稽古中なはずの斎藤先輩の姿に少し驚いて、どうしましたか?と問えば、
「タンクに入れる為の、麦茶のパックが無いそうなのだが…」
あっ…しまった!
いつもは私が作っているから、後ででいいやと、キッチンまで持ってきてしまっていた。
「すみません!すぐにお出ししますっ」
お稽古中の先輩に無駄な手数をかけてしまった…
ああ…もう…
「そんなに慌てなくていい。いつもあんたがやってくれているから、俺達は甘えすぎているな。」
斎藤先輩に麦茶のパックの箱を手渡すと、優しく微笑んでくれた。
私もにこりと微笑んで、お稽古頑張ってくださいね、と言えば、ああ、と優しい声が返ってきた。
「――千鶴ちゃん、ごめんねお待たせ」
そこへ夢主(姉)先輩が戻ってきて…
斎藤先輩は夢主(姉)先輩の方を見た。
本当に一瞬だけ時間が止まってしまったかと思うくらい、静かな空気が流れて…
な…なんか気まずい…なんて、思っていると…
「一君…久しぶりだね~。ここほんと暑いよ~。体育館は大丈夫?」
その空気を破るように、夢主(姉)先輩が本当に普通に声をかけて、
「…あんたは相変わらずだな。体育館もものすごく暑い。」
と、少し苦笑が混ざった低い声が返された。
「では……雪村、ありがとう」
そう言って、斎藤先輩はキッチンを出て行った。
夢主(姉)先輩は、ふぅ、とひとつ小さくため息をつく。
そのため息につられて夢主(姉)先輩を見れば、キャミソールに着替えられていた。
また土方先生に怒られるんじゃ…
そんな心配をよそに、何事もなかったようににんじんの皮剥きに取り掛かっている。
斎藤先輩と夢主(姉)先輩が交わした短い言葉……
なんだか入り込めない雰囲気だった…
それに……
斎藤先輩の声や表情は…
私は知らない斎藤先輩だったな…
そんなことを考えてしまった。
夢主(姉)先輩は、私を応援すると言っていたけれど…
斎藤先輩は?
どう思ってるんだろう…
それに…本当にもう何もないのかな……
もやもやもやと、どんどん心にもやがかかる。