第16章 糸
目が覚めたときには、まだ明るくて。
腕の重みに、現実味がない。
それでも、安心仕切ったその寝顔を見て。
夢ではないと、安堵する。
「本当、無防備な娘……」
出逢ったときから、変わらねェ。
相手がケダモノでも、お構い無しだ。
「そろそろ起きねェと、悪戯すんぞ」
俺の声に、小さく身動ぎして。
長い睫毛が瞬きする。
「……夢じゃない?」
同じようなこと言うから。
「寝惚けてんのか、コノヤロー」
目の前の鼻先に、軽く口づけてみる。
「目、覚めた?」
「まだ……あと、5分………」
俺も寝起きが悪いけど。
非番の日の朱里ちゃんも、大概だな。
「起きないと、あっちこっちにチューするぞ」
俺の言葉に驚いて。
勢い良く起き上がる。
「え、チュー嫌い?」
「嫌いじゃ、ないけど」
「けど?」
「坂田さん、本当に、しそうだから」
「駄目なの?」
「駄目です」
全力否定だな、オイ。
俺を欲しがる日なんて、来るのか。
今更だけど、不安になってきた。
我慢するって言った手前。
前言撤回なんて、格好悪くてできねェし。
プラトニックな関係なんて、冗談じゃねェ。
「あっちこっちじゃなければ、いいです」
どこが境界線?
俺には全く見えねェんだけど?
「それって、どこ?」
「えーと……首から、上?」
「限定、されちゃうの?」
「そうですね」
「もしも包丁で指切って、それを口に含むなんてゆーのは、」
「バイ菌入るから駄目」
「早っ」
一筋縄ではいかない。
でも決して、難攻不落ではない。
こりゃ、落とし甲斐がありそうだ。