第16章 糸
「帰ります」
そう告げて立ち上がる。
洗い物を済ませて、簡単な掃除をして。
お茶を飲んでる最中だってときに。
「しないの?」
目を細めて口角を上げると。
「しない、です」
また頬を染めて、視線を泳がせた。
「俺とするのは嫌か……」
大袈裟な溜息を吐いて、項垂れてみる。
「違っ、嫌なんじゃなくて……その、」
慌てふためく様を眺めて。
「嫌じゃない続き、知りてェな」
その先を促す。
「………引き返せなくなっちゃう、もの」
「…………」
「坂田さんは優しいから……受け止めて、くれちゃう、でしょ?」
「…………」
「躯が目的でも、いいの。でも、やっぱり……そういうことは……思いが通じ合ってから、したい」
「…………」
「だから、坂田さんとは、しない」
「……他の奴とならすんの?」
「他の人となんて……したく、ない」
「で、俺ともしない」
「しないし、できない」
唇を噛んで、堪える様は。
思いの強さを物語るようで。
目尻が赤みを増す様も。
俺の言葉が引き起こしたというのに。
「俺も、朱里が欲しいって言ったら?」
「そんなこと、」
「無いって、決めつけんなよ?」
「だって、」
「目、逸らすな……ちゃんと俺のこと見ろ。嘘か真か見極めんのは、それからでも遅くねェよ」
立ち上がったままの朱里ちゃんと。
座ったままの俺。
テーブルを挟んで。
数分の膠着状態。
「とっくに結ばってるよ、俺と朱里ちゃんの糸」
運命の赤い糸なんて。
信じちゃいねェけど。
俺たちの糸。
かなり前に。
ぐちゃぐちゃに、こんがらがって。
互いの力では、解けなくなってるよ。
「もう降参して、銀さんだけの朱里ちゃんになれ。大事にしてやっから、な?」
『言葉』が必要なら。
『欲しい』だけくれるから。
観念して、俺の処に堕ちてこい。