第1章 猫
「ごめんね」
彼女は小さく呟いて。
腕を伸ばして、俺の髪を優しく撫でる。
さっき、俺が猫にしていたように。
何度も、何度も。
『ごめんねって、どういう意味?』
声にできない声を飲み込んで。
俺は彼女のしたいように。
されるがままに。
謝った理由を聞けないまま、時間だけが過ぎる。
心地よさに微睡み始めた頃。
「坂田さん、ごめんね」
彼女はもう一度、許しを乞う。
震える声が耳の中を木霊して。
俺は目を見開いて。
左腕で肩を引き寄せて。
右腕で腰を引き寄せる。
「何で謝んの?」
泣いてるみたいな声で。
何に対して謝ってんの?
俺を置いて逝くことに?
それとも、別の何かに?
病めるときも、健やかなるときも。
そういう誓いは、まだ立ててないけど。
銀さん、朱里ちゃんと『恋仲』になったんじゃなかったっけ?
俺の勘違い?
「いつも余裕綽々ですね」
そう言ってたけど。
銀さん、朱里ちゃんが口に出してくれないと解んねぇことだらけだよ。
温もりを感じたくて。
抱き締めた腕に力を込める。
朱里ちゃんの腕が背中に回って。
ぎゅっと抱き締め返してくれたから。
質問の答えを聞かないまま、眠りに落ちて。
俺はその夜のことを、後悔することになる。