第11章 【元治二年 二月】組織の秘密と優しい嘘
日も沈み、月明かりに頼りながら、約ふた月ぶりの道を夢主(姉)は走っていた。
大通りから路地に入ったあたりにある、小さな小屋のような平屋で、久しぶりの男装をする。
此処は、新選組の隊士達も知らされていない、監察方だけの隠れ場所。
この二ヶ月間、夢主(姉)と新選組との接触は一切無かったのだが…わざわざ山崎が手の込んだ変装をして、夢主(姉)の唯一の肉親が亡くなったのだという理由をつけて、半日でいいから暇を与えてくれと、店に頼みこんだのだ。
理由を聞いても、山崎は答えない。
山崎は頑なに理由を言わないが…夢主(姉)には心当たりはある。
だが、軽はずみに山崎にその心当たりを確認することは出来なかった。
慣れはじめた今の生活で暇を貰って帰るなど、したくはなかったが、夢主(姉)としても新選組と接触したい理由があったのだ。
普段は座敷にはまだ上がらない夢主(姉)なのだが、身なりだけは一人前の芸妓に見える。
二日ほど前、人手が不足した為に座敷に上がっていた。
その場で聞こえてきたのは、
「新選組の上の奴が自刃したと耳にした。」
「なんと言ったか…山南敬介と言ったか…自刃?俺の情報だと粛正されたと聞いたが…」
「どちらにしろ、壬生狼の内部に紛争でもあるのか?身分も定かでない野蛮な浪人の集まりならばいたしかたないか。」
そんな会話だった。
は?山南さんが自刃?粛正?何言ってんのこの人達…
あらかた信用し難い内容だったが、酌をする為に持ち上げた酒が小刻みに震える。
「名前と言ったか?震えているぞ。」
その酒を持つ口実に、そう言った男は夢主(姉)の手を握った。
それは先程、新選組を野蛮な浪人の集まりと罵った男で、下衆な笑みを含みながら夢主(姉)を舐めるように見ている。
「あの…新選組とは?」
京に来て日が浅いと告げ、久しぶりに聞く新選組の悪口に耳を預けた。
話題はやはり山南の事で、遅れて来た客も同じような事を言う。
山南さんに何が?山崎さんと連絡とりたい…っていうか、一昨日のお稽古帰りに山南さん見たし…何でこんな噂話が流れてるの?
客に肩を抱かれようが、太腿を撫でられようが、夢主(姉)はそれどころでは無かった。