第1章 秋来にけり耳を訪ねて枕の風
秋うらら、雲ひとつない晴天。
残暑はとうに去り、心地よい風が吹く。
「誰だ....」
『おや。とうとう忘れてられてしまいましたか』
と、橋の上に座る袈裟姿の男に吾妻は話しかける。
その言葉や表情から、感情は読み取れない。
ああ、昔からそういう奴だった。
男は忘れてなどいなかった。気配だけでわかる、それ程多くの時間を共に過ごしできた戦友だ。忘れるはずなどないのである。
「長く消息もなかった貴様がこんなところにひょっこりと現れるとはな。元気であったか。」
『ええ。相変わらず幕吏から逃げ回っているそうで。』
どうせ高杉の馬鹿にでも吹聴されたのであろう。
「カス共に捕まる程衰えてはいない。」
『変わりなくて安心しました。
.....小太郎さん。』
桂は被っていた笠を摘み上げ、女を仰ぎ見る。
「.........美しくなったな。吾妻。」
吾妻は返事はせず、口元だけで微笑みかけ去っていった。