第36章 綱手姫
父が仏壇の蝋燭に火をつけた。
そして、線香を一本手にして火を移した。
線香の先がオレンジ色になり、煙があがる。
「よし、じゃあお前から……好きな方の手を出せ。」
にこやかに優しい声でそう告げた。
末の弟は、手を出せず謝り続ける。
「……なんだ?両手が良いのか?」
楽しそうにそう言った父に、弟の声が止まった。
「……うっ……ひっ……」
弟は泣きながら右手を出す。
だが、覚悟が決まらないのだろう。
出しかけては引っ込めを繰り返す。
だが、その手を父が掴んだ。
「……う"ァァァァァァァっ……アァァァ、ウウウッ」
ジュッと言う音は弟の悲鳴にかきけされた。
父は火のついた線香を弟の手の甲に押し付けたのだ。
それを見ていたもう一人の弟は震えて嗚咽を洩らしている。
父は畳を転がる末の弟からもう一人の弟を見て、笑顔で手を出すように促した。
私は線香が肉を焼く瞬間を目を背ける事ができず見つめていた。
いっそのこと、一思いに殺してくれ!
そう思った瞬間、目の前が真っ白になった。