第27章 緋色の夢 〔Ⅻ〕
「おい、玉艶! 」
明らかにあいつを堕転に導き始めた語り口に、思わず声を荒らげた。
「勝手なことするんじゃねーよ、約束が違うだろ! 」
そこまで許した覚えはない。
「もういいじゃない、ジュダル。これ以上、この子を苦しませる必要はないでしょう。いつまで、あなたの我がままに付き合わせて無理をさせるつもりなの? 」
「ふざけんなっ! こいつを堕転させるのは、まだ俺の役目だろうが……! 」
勝手な言い分に声を張り上げたとたん、こちらを見て笑った女の口元が歪み、声を出さずにこう言った。
『ソウネ。デモ、コノ子はアナタを恨メナイミタイ。アナタが「マギ」ダカラ……』
── は……?
言われたその意味がよくわからないまま、ハイリアに視線を移すと、ポロポロと大粒の涙をこぼすその表情が、雰囲気が、先ほど見た時とは明らかに違っていた。
絶望に満ちたブドウ色の瞳は影を帯び、中身がないように崩れている。
心の真髄が砕かれた者だけがみせる、その独特な陰影に気づいて、ジュダルは目を見開いた。
それだけではない。
ハイリアに残る白い輝きが黒く濁り始めている。
今まで何をしようと闇に染まらなかった、たった一つの残り火が。
── なんで、こいつ急に……!?
急激に堕転に傾き出した、その姿に困惑した。
「ほら、可哀想だわ。こんなに泣いてしまって……。あなたが、ここまで引き延ばし続けてきたのがいけないのよ」
涙を流すハイリアに視線を落とし、玉艶が言う。
「ねぇ、ハイリア。あなただって終わりにしたいでしょう? 苦しいものねぇ、いつまでも堕転できないのは」
くすくすと笑う玉艶の声が響き、先ほど言われた言葉が脳裏を何度も巡り出す。
『アナタが「マギ」ダカラ……』
── だから、俺を、恨めない……?
頭が混乱する中、悪魔のような女の声に導かれていくハイリアの身体からは、ゆっくりと闇が溢れ出してきていた。
堕転へ傾く、暗黒の螺旋。
どんなに傷つけても起こらなかったそれが、ハイリアに残された光を容易く黒に染め上げていく。