第27章 緋色の夢 〔Ⅻ〕
追いつめられた、あいつができることなど限られている。
── きっとこのまま、魔法を……。
「燃やしつくせ! 蒼炎獣爪剣、アイニ・ジャムシール! 」
こちらの思うままに呪文を叫び、金属器を振るったハイリアの青い炎に歓喜する。
これで、あいつの打つ手は消えた。
宙を絡めるように走った青い炎は、周囲の水玉を燃やしこそしたが、同時にあいつの最後のマゴイも枯らさせた。
生じた水蒸気が辺り一帯を霧で包み隠そうと、こんなものはたいした時間稼ぎにならない。
── さぁーて、どこに行った?
霧の中に姿を眩ませたハイリアを見つけ出そうと、かすみの中で目を凝らし、耳を澄ました。
わずかに聞こえた荒い息づかいに気づき、その音を頼りに距離を詰める。
切れぎれに喘ぐ、その元へ。
徐々に強くなる荒い呼吸音は、心を弾ませ、鼓動を速めて緊張感を楽しませた。
しかし、その終わりも早い。
ぼやけた視界の先にうっすらと見え始めた、目的の淡い影を捉えてジュダルはほくそ笑んだ。
霧の水滴からいくつもの氷槍を作り出し、座り込んでいるらしい、その影に狙いを定める。
── チェックメイトだっ!
狙い定めたその影に向かって杖を振り下ろそうとしたその瞬間、薄黒い影が不自然に揺れ動いて手が止まる。
霧のもやに透ける人影が、一つじゃなくなっていた。
── なっ、二つ!?
誰かと話すあいつの声までが聞こえ始め、予想外のその正体に戸惑った。
突如として現れたそいつの姿を見極めようと、急いであいつが見える側まで近づいたが、ぼやけた霞が消えたそこに座り込んでいたのは、なぜか一人。
息も絶え絶えな、ハイリアだけだった。
── は? 見間違い、か……?
「うるさいっ、何もできないなら黙っててよ!! 」
硬い地面に血筋の刻まれた手で銀剣を打ち付けた、ハイリアの声にビクリとする。
かすかに床に伸びる、その影は一つ。
当然、側には誰もいやしない。
「誰と話してやがる? おまえの相手はこっちだろ」
声をかけたとたん、ハイリアの大きく見開かれた目がこちらを捉えて安堵した。
一瞬、ヒヤリとさせられたが問題ない。
光の加減で妙に見えたのだろう。
苛立ったあいつの独り言に、ほんの少し踊らされちまっただけだ。