第27章 緋色の夢 〔Ⅻ〕
── 雨、か……?
ぼやけた頭でそう考えて、それはおかしいと気づく。
雨なはずがない。
儀式を執り行うこの場所に、雨なんて降るはずがないのだから。
あんな空も見えない、閉ざされた場所なんかに。
── だったら、なんで水音が……?
ピッチャン……!!
いくつも降り注ぐその音に耳を澄ましていたその瞬間、凍り付くような水滴が突然降りかかってきて、身体中に電撃が駆け抜けた。
「……っ!!!? 」
一気にぼやけた意識が張り裂けて、冷たさに叫びかけた声が呑み込まれて殺される。
わけがわからないまま目を見開き、状況をつかもうと目が彷徨った。
見えたのは、石造りの閉ざされた天井と、広間を囲む親父ども。
そして、空に浮かぶ一つの白い影。
こちらに背を向けているその影が何かわかったとたん、頭の中は一瞬で真っ白になっていた。
見慣れた広間に浮かび立っていたソレは、魔装に身を包んだここにいるはずのない少女だったから。
── ハイリア!?
剣を高く掲げて叫んだそいつが、黒ルフどもを一斉にその身へ引き寄せ始めたのはすぐのこと。
ビィービィーと鳴き騒ぐ黒い粒子を吸い込みながら、ハイリアは魔装を変貌させていく。
銀の双剣に灯る青い炎は、黒炎に。
白獅子のような肢体に闇を絡ませ、白虎へと。
まるで黒い鎧を重ねるように黒ルフたちの暗黒を身にまとったその背には、うごめく異質な闇が湧き出していた。
広がりをみせていくその闇は、右の背から突き出して黒い形を作り出す。
身体を包み込むほどに大きな、黒い片翼の形を。
── なんだよ、あれ……。
現れた翼のようなそれは、黒ルフの集合体。
暗黒の塊にも思えるその片翼は、いつか夢で見たハイリアの背にあったものともよく似ていた。
白い鳥のような肢体に連なるように生えていた、あの汚れた翼に。
単なる闇の魔装、歪な姿へと変貌を遂げたハイリアに目を見張る中、妖しげな女の声が耳に響いて、ようやくあいつが目を向けている存在に気がついた。
あいつが怒りを宿して立ち向かおうとしているのは、玉艶だった。
しかも、滅多にとらない杖を手にしたあの女へだ。