第27章 緋色の夢 〔Ⅻ〕
── 油断ならねーんだだよな。この女……。
「さっさと始めようぜ」
不安は残るのだから、面倒な神事などさっさと終わらせて、あいつの側に戻った方がいい。
「そうね、早く始めましょうか。あの子が黒き宿り木から目覚められるかは、わからないことですし……」
「はあ? なんだよそれ」
言われたことの意味のわからなさに顔をしかめたが、玉艶はくすりと妖しげに笑うだけだった。
その不気味さに胸がざわつく中、玉艶は立ち上がり親父どもに言い放つ。
「さあ、始めましょう神事を! あの王が堕転に成功したあかつきには、皆で祝杯をあげましょう」
広間に響いたその声で、親父どもが急激に盛り上がりを見せ、辺りは一気に歓声に包まれた。
膨れ上がったその声にのせるように玉艶が杖を掲げると、皆が一斉に杖を空に掲げはじめる。
「黒きマギに祝福を」
「「「黒きマギに祝福を!」」」
女の声を追いかけるように活気づいた声が響き渡り、黒ルフたちを集める聞き慣れた呪文の言葉が次々と唱えられていく。
広間を囲む覆面の従者たちから無数の黒いルフが湧き上がり、それが天井へと向かい飛んでいた。
幾重にも螺旋を描きながら。
始まり出した神事は、いつもと変わらない光景だ。
それなのに、ひどく胸騒ぎがして落ち着かなかった。
── なんだ……、何なんだよ……?
気にすることなんて何もないはずだ。
これが終わりさえすれば、ハイリアの元へ戻れる。
もがいているあいつの最後の光を摘み取って闇に染め変えてやれば、泣かせることだって今日で終わりだ。
あの女が妙な事を口にしたくらいで、動揺したとでもいうのだろうか。
── バカバカしい……。今はただ、くだらねぇ儀式が終わることだけ考えてりゃいいだろ?
気持ち悪いモヤを消し去るように自分に言い聞かせて空を見上げると、集められた黒ルフたちが常闇の塊となって空で揺らめていた。
真っ黒な水たまりのようにも見えるそれが、八芒星に立つこちらを見下ろして、まだか、まだかとざわついている。
待ちかねている落ち着きのないそいつらに「早く来いよ」とあおりつければ、思った通りに黒が大きく波打った。
ビィービィーと歓喜の声を上げて降り落ちてきた、黒い雨粒を見て目を閉じる。