第27章 緋色の夢 〔Ⅻ〕
「おまえは今日、俺の手で堕ちるんだ」
言い聞かせるように眠るハイリアの髪を撫でていると、カチャリと扉が開く音がしてジュダルは振り返った。
誰かと思えば、ハイリアの世話をさせている女官の一人だった。
「あら、まだ起きられていませんのね、ハイリア様は。そろそろお食事をお持ちしようかと思っていましたのに……」
「もう少し、寝かしておいてやってくれよ。俺もしばらく戻れねーし……」
「いいのですか? 御髪がずいぶんと乱れているようですけれど」
指摘されて触れた髪は、確かに結わえられたままほつれて酷かった。
寝癖のせいで、浮き立った毛がごあごあだ。
「そういや、そうだったな。仕方ねぇーから、今日は自分でやるか……」
そう言って、三つ編みを膝元の方まで手繰り寄せたとたん、女官がくすくす笑い出す。
「まあ! 『マギ』からそのようなお言葉が聞けるなんて珍しいですわ」
「う、うるせーな、別にいいだろ? 元々、自分で結えねぇわけじゃねーんだから」
なんとなく気恥ずかしいような感じがして、手元がぎこちなくなった。
落ち着かない気分を紛らわすように、髪の合間に見つけた結び目を引っ張ると、勢いよくほどけた黒の髪紐がシュルシュルと空を駆けていった。
巻き付いた螺旋が崩れて伸びる。
長くなってきたそれを指に絡めて手繰り寄せた瞬間、ブチンと嫌な音に指が弾かれて目を見開く。
「ぅわっ!? 」
いきなり切れた髪紐に驚いて思わず声を上げると、横で見ていた女官にくすくすと笑われた。
「急に慣れないことをしようとされるからですわ。わたくしが、かわりに結い直して差し上げましょうか? 」
「いいって、俺がやる! 」
子ども扱いされたようで声を張り上げると、また女官にくすくすと笑われて居心地が悪くなった。
これだから女官たちは苦手だ。
ペースを乱されてどうも調子が狂う。
「失礼いたしました。では、かわりの髪紐をお持ちしませんとね。少しお待ちください、すぐに持ってまいりますので……」
そう言って、背を向けた女官が扉を開けようとして立ち止まる。
急に何かを思い出したように振り返った。
「そうでしたわ。切れてしまったその紐はもういりませんものね。ついでに捨ててきますわ。お渡し下さいな、『マギ』よ」
「ああ、そうだな」