第11章 暗闇の中で
「ようやく霧の団のお出ましか? しっかし、霧が邪魔で状況が把握できんな! 」
「了解……」
シンの意向をくんだように、マスルールが瞬時に動き出した。
マスルールは、ファナリスご自慢の脚力で飛び上がり、側にあった街路樹まで移動すると、腕で抱え込んで、力任せに大木を引っこ抜いた。
そして、木を横倒しにして豪快に大きく振り回したのである。
その豪快すぎる方法は衝撃的すぎて、ひどく驚いたけれど、それは霧の中に隠れている者達にとっても同じだったようだ。
振り回された大木を見て、霧の中に隠れていた人影が、慌てて叫びながら逃げ出していくのがわかった。
それと同時に、大木によって巻き上がった風が、辺りの霧を晴らしていった。
周囲の霧が晴れた時、その場にいたのは盗賊ではなかった。
震えながら刃物を手に取り、こちらへ刃を向けていたのは、ボロボロの衣類をまとい、やせこけた、スラム街の住人達だった。
その中には、乳飲み子を抱えた母親や、幼い子どもの姿までがある。
殺気立っていた空気は、ただ盗みを働くためだけに放たれたものではなかった。生き長らえるために、死の覚悟さえ決めた者たちが発していたものだったのだ。
「おまえら、この屋敷の者か? 邪魔すれば殺してやる。今日食べなければ娘は飢え死にしちまうんだ……! 」
ナイフで切り込んできた女が、声を震わせながら叫んだ。
よくみれば、彼女の腕の中にもやせ細り、力をなくした乳飲み子が抱えられていた。母親だったのだ。
「もう国の高い税金と一緒に、誰かの命を奪われるのは嫌だ!! 」
「殺してやる。もう3日も何も食べていないんだ! 」
「なぜ俺達ばかり、こんな目に合わなければいけない! 」
震えながら刃を向ける人たちの、痛々しい叫びにハイリアは動揺した。
ハイリアの今の立場は、貴族の警備兵だ。
屋敷に侵入しようとする部外者を止めたり、捕らえたりすることが務めになる。もちろん、彼らを止めようと思えば、それだけの力はある。
けれど、彼らは生きるために必死で、仕方なくこんな行動をとるはめになってしまったのだ。
それなのに、刃物を振り上げたからといって、彼らを捕らえることが正しいことなのだろうか。