第11章 暗闇の中で
「食ってますね……」
呆れた様子のマスルールがぼそりと言った。
「あったかい部屋で、あったかいメシを……。ほんといいご身分だな」
シンが言った。その言葉にだけなら、ハイリアも同意見だった。
あんな貴族を守るために警備をしているのかと思うと、嫌気がさしてくる。
この国が今、内紛のせいで荒れていることなんて、あの男にとってはどうでもいいことなのかもしれない。
ふと、空気が変わったのを感じて、ハイリアは視線を下へと戻した。
わずかだが、殺気を感じた。
意識を切り替えて、周囲を見渡すと、いつの間にか霧が濃くなってきていた。冷たい風と共に、白いもやが急激に増え、視界が霞む。
あっという間に、白い闇が貴族の館の周りを覆ってしまった。
霧深い闇の中から、ぼんやりと姿を現したのは、一人の女だった。
うつむきながら、よろよろと体をふらつかせて近づいてくる女は、明らかに様子がおかしい。
ぶつぶつと何かを呟きながら歩いてきた女は、シンの手前まで歩いてくると、その場で大きくよろけた。
「おい、あんた大丈夫か? 」
とっさによろけた女に、シンが手を差しだそうとした瞬間、女は懐に隠していたナイフでシンを突き刺そうと襲いかかった。
「なんだ!? 」
すかさず攻撃をよけたシンの側を、ナイフが大きく空振りしていった。
女がナイフで攻撃をしたのを合図に、周囲に駆けつけてくる足音が響きわたった。
不穏な音と共に、刃物をもつ女と距離を置いたハイリア達のまわりを、黒い影が囲んだ。
濃霧のせいでぼんやりとしか見えないが、霧の中には相当数が隠れているように見える。わらわらと集まり始めた黒い人影に囲まれて、ハイリアたちは自然と背中合わせになって固まった。
これで背中から襲われる心配はなくなったが、周囲は完全に囲まれてしまったようだった。
攻撃をしかけようにも、濃霧で周りの状況が全く掴めない。