第27章 緋色の夢 〔Ⅻ〕
先程は勢いで真逆のことを口走ってしまったが、真実を知ればハイリアはすぐに暴れようとするだろうから、知らないほうがちょうどいいのかもしれない。
── 五日も大人しく寝ていたんだ。そろそろなじむだろ。
あとは、こいつのマゴイの戻りが早いか、呪印が促す堕転が早いかだ。
マゴイの戻りが早ければ、ハイリアに気づかれとたん組織は反逆にあうだろうし、そのまま何も起きずに堕転が進めばハイリアはこちらの思惑通りに堕ちるだけ。
ただ、それだけだ。
それだけなんだ。
つまらなさと居心地が悪い虚しさを感じながら、ジュダルはハイリアに宿るルフを覗き見た。
八芒星の呪印の影響を受けたルフは、今も広がり続けている。
暗黒の闇がこいつを汚し、ルフはほとんど堕転しているに等しい色になり果てているというのに、ハイリアの中には、なぜか白い輝きがいつまでも一つ残っている。
たった一欠けら。
ルフとも呼べない光の粒のようなもの。
しつこく輝き続ける氷の破片のようなそれが、黒くよどんだ陰りの中で、ただ一つ汚れずにきらめいている。
これが消えた時、ハイリアはきっと堕ちるのだろう。
「どうせなら、もっと俺を楽しませろ。張り合いがねぇゲームなんてつまんねーんだから……」
返事もないハイリアの額を指で軽く弾いて寝台から飛び降りると、ジュダルは静かに部屋を出た。
薄暗いアジトの通路を歩き始めた先に、一人の覆面の従者が立っている姿を見つけて顔をしかめる。
黙って前を通り過ぎようとしたとたん、思った通り声がかかった。
「あまりあの王を壊さないで下されよ、神官殿。あれは大事な器ですので……」
「立ち聞きかよ? いい趣味してんな」
気に入らないその男を、ジュダルはじろりと睨みつけた。
「やっとあの王が目覚めたと聞いたものですから、駆けつけたまでです。あなた様にも言伝がありましたから」
「言伝? だれのだよ」
「本日は陛下との謁見がありますので、いつまでもあの王の部屋に籠らずに、必ず宮廷に顔を出すようにと……」
男が長々と続けた決まりの文句で、誰の言伝だかすぐにわかった。