第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
「うん……、わかったわ、おばあちゃん」
ほんわかと微笑んで、トーヤは外へ駆けて行く。
あっという間に進む話に、気持ちがついていかなくて、ハイリアは呆然と老婆を見つめた。
「なんで……。私、名前も名乗れない不届き者で……。あなた方に害をなす、盗賊かもわからないのに! 」
「お主のような盗賊はおらん。ルフが言っておる。早く出ていかなければならんのじゃろう? 」
「だったら、少しでもお代を……! 」
そう思って、手首についた銀の腕輪を外そうとしたとたん、手が震えた。
嫌だという気持ちが奥からこみ上げて、指をかけても動きが止まってしまう。
「それは、お主の大事な物なのじゃろう? お主の大切な物をとるなど、一族の名が廃れるわい。何もいらんよ」
「でも……! 」
「のう、ルフの子や。草原の民は共に暮らせば一心同体。お主もここにおる間は、我らが家族じゃ。我らは家族を見捨てたりせん。
ワシらを助けると思って、荷の運搬に行って来ておくれ。馬は市場におる我らの仲間に返してくれれば、それでいいんじゃから」
にっこりと微笑んだ老婆の姿が、優しいおばあちゃんと重なって、せっかく堪えていた涙がまた溢れ出す。
我慢できずに泣き出したのに、不思議な老婆は何も言わずに、ずっと背中をさすって側にいてくれた。
まるで全部、わかっているみたいに。
族長のお婆さんの呼びかけのおかげで、旅支度は気持ちが落ち着いて泣き止んだ頃には、すっかり終わっていた。
服も温かな長袖の支那服に着替えたハイリアは、お礼もできないまま、早々に馬に乗せられることになった。
「何があったか知らねぇが、元気でな! 」
はじめに集落で出会った青年、ドルジが言った。
「これ……、手紙文。市場についたらゴルタスという人に渡してね。それで事情もわかるから」
にっこり微笑むトーヤが、手紙を手渡してくれた。
「本当にありがとうございます。このご恩は絶対に忘れません。必ず、荷は届けますから」
見送ってくれる黄牙の人たちに、深々と頭を下げる。
「元気でのう、ルフの子や」
「はい。ババ様も、お元気で! 」
不思議な老婆に笑ってみせて、ハイリアは手綱を引いて、馬を走らせた。
黄牙の民に聞いた、定期市場を目指して。