第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
薄紫色の空は、すでに朱色に染まってきている。
時間はない。
けれども万が一、炎の調整を誤って失敗したら、自分は命を失うのだ。
── もしも、命を失ったら……。
そう考えると、怖かった。
失って怖いものなんて、もう何もないはずなのに……。
── でも、このまま何もしなかったら……。
また知らない何かに、成り果ててしまう。
あの闇に呑み込まれて。
記憶もない、歪なモノに。
── そんなの、嫌だ!
自分でない、何かに再びなるなんて。
「いいわ、やってやるわ! あなたの賭けにのる! 」
空が赤みを強くしていくのを感じながら、ハイリアは覚悟を決めて言い放った。
「ルフの暗黒のみを燃やしつくせばいいのよね……? 」
わずかに震える手で銀の双剣を握り、灯る二つの青い炎を見つめた。
破壊の炎と、創造の炎。
毒の性質を確かめながら、送るマゴイを微調整して。
『はい、決してあなた様の命を燃やしてはなりません。ルフに宿る闇のみを断つのです。あなた様の翼を断つように……』
「翼……? 」
『イメージです。魔法はビジョンがあった方が成功しやすいことはご存知でしょう? 』
「そうね……、ありがとう、アイム」
『礼を言うには、まだ早すぎます……』
堅苦しい、いつもの調子のアイムの声が聞こえて、思わずくすりと笑ってしまった。
「わかった、あとでちゃんと言うわ。ねえ、アイム……。これが無事に成功したらさ……、どこか遠い、誰も知らない人がいるところへ一緒に行こうか。
もう誰かを傷つけるのも、傷つくのも嫌なの……。争いのない場所に行きたい。そこで何もかも全部忘れて、ひっそり暮らすの……。
小さな町で、新しく出会ったわずかな人達と助け合いながら過ごせたら、とても幸せだとは思わない? 」
『我が王がそうお望みならば、それも良いでしょう』
「……許してくれるの? こんなどうしようもない、王の器なのに……」
『あなた様は、私が選んだ王ですから』
柔らかなアイムの声がして、ハイリアは微笑んだ。
『夜が明けます、我が王よ! 闇が来ます! 』
アイムの声が響いたその瞬間、なだらかな山脈の彼方から、赤の光が射し込んだ。