第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
「見えた、北天山だわ! 」
平原の奥に見えたなだらかな山岳の影を捉えて、ハイリアは指差した。
近づいてきた北天山は、平原からひょっこりと顔を出す高い丘のようにも見える山だか、夏でも雪が残り、山頂には氷河もある寒い山だ。
とても軽装備では近づけない。
この辺りでしばらく身を隠すのであれば、どうしても近くに遊牧民が暮らす集落地、家屋のゲルを見つけておかなければいけないだろう。
そうでなければ、最低限の水や食糧ですら手に入らないからだ。
── この近くに、ゲルは……。
右へ左へと目を走らせた先に、明け方の薄明かりに照らされた、白く丸いゲルの集落を発見して急ぎ飛ぶ。
『王よ、いきなりあの集落に降りるおつもりですか!? 目立ちすぎます! 』
「わかってる! あそこには、まだ降りない」
聞こえたアイムの声にそう言って、ハイリアは集落の様子が見通せる、近くにあった低地の山影へと降り立った。
牧草に適した低い草の生えるこの場所は、きっと今はあの集落に住む遊牧民たちの家畜が食べるエサ場となっているのだろう。
この辺りは昨日のエサ場だったのか、草の新芽が削れた形跡がまだ新しかった。
「しばらくすれば、あの集落の人達も目覚めるわ。そしたら、なんとか交渉をつけて食べ物をもらって、もっと遠くに行きましょう」
『はい……、しかし、夜明けが近づいています。我が王よ、あなた様には、これから二つ、やっていただきたいことがあります』
「二つ……? なによ、いきなり……」
突然、かしこまって妙な事を言い始めたアイムに、首を傾げる。
『あの者たちから逃げるために必要なことです。あなた様に、より遠くの地へ逃げていただくために……』
頭に響くアイムの声は、何か含みのある言い方に聞こえた。
『まず一つは、あなた様の内に宿る暗黒を取り払うことです。なぜなら、封じられている暗黒の闇は、夜明けと共に再び動き出すからです』
「え……、動き出す!? これって、あなたが封じたんじゃなかったの?! なんでそんな大事なこと、もっと早く……! 」