第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
『何を立ち止まっているのですか、早く!! 』
叱責するようなアイムの声に急き立てられて、慌てて床に落ちた銀の髪飾りから目をそらして走り出す。
鍵もかかっていなかった扉を開けて、部屋の外へ飛び出したあとは、無我夢中で宮廷の廊下を駆けていた。
絶望なんてもう知りたくなかったから。
望まない誰かを傷つけたくはなかったから。
また大事な何かを失うことも嫌だったから。
── 逃げなければ、この組織から……!
連れ戻されてしまったら、きっと自分は再びすべてを恨んでしまう。
暗黒の闇に囚われてしまう。
知らない何かに変質してしまうのかもしれない。
── 遠くへ行かなきゃ。奴らの目が届かないような、知らない土地へ!
青い炎に身をつつんで魔神と化し、満月が輝く夜空を翔ける。
後ろに過ぎ去るものは決して振り返らずに、ただひたすら前へ進み、遠くを目指して。
月夜に照らされた静かな街なみを通り過ぎ、野道を越えて、さらにその先へ……。
『王よ、どこまで行かれるおつもりですか? 』
「わからない……、わからないけど、遠くに行かないと! 近くじゃ、きっとすぐに見つかってしまうもの」
『ならば、北天山をお目指し下さい。あそこならば、まだ煌の手がおよんでいません! ひとまず身を隠すことも、そこから他国へ逃げることもできるはずです』
── 北天山……、黄牙の民が住む辺りか……。確かにあそこなら、まだ煌帝国の手がかかっていない。
数ヶ月後には、戦地になりかねないけれど……。
それでも、このまま行く当てもないまま、ただ遠方を目指してひた走るよりずっとマシだ。
「わかったわ。行きましょう、北天山に! 」
暗くて道はわかりにくいけど、幸い今日は満月で見通しもいい。
星が見えにくいのが難点だけれど、明るい北極星を目印にすれば、目指すべき方角もわかった。
野を超え、山を越えて、不安を打ち消すように風をきって北西へ突き進む。
空はだんだんと黒を薄くして、濃紺が紫のグラデーションを作り始めた。
澄んだ空気は、夜を名残惜しむように冷たくなり、光に気づいた鳥たちの鳴き声が樹々の間から聞こえてくる。
景色が平原へと変化してきた頃には、白やんだ東の空がほんのりと赤みを帯びてきていた。