第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
させられていたことの残酷さが、容易に想像できてしまって寒気がした。
『我が王よ、色々と戸惑われているかとは思いますが、時間がありません。逃げるのです、この場所から……! 』
「逃げる……? 」
『そうです。ここに居続けていては、あなた様は、またあの組織の者たちの闇に囚われてしまうでしょう。あなた様が堕転から目覚め、正気を取り戻した今なら逃げられます! 』
── 堕転から目覚め……? そういえば、私……、どうやって堕転から……。
疑問を感じて覗き見た身に宿るルフは、確かに漆黒に染まっているのに、意識が呑まれるような暗黒の力を感じなかった。
まるで時間が止まっているかのように、闇の声が聞こえない。
「ルフが……。これ、どうなって……!? 」
『暗黒は動きが封じられているだけです。取り払うにも、ここから逃げ出さなければ何もできません』
「暗黒は封じられてるって……! アイム、あなたがやったの!? 」
『色々と細かい事を言えば違います。しかし、そうだと申し上げておきましょう。
さあ、我が王よ! 今なら、「マギ」も外交に出掛けられていて国にいないのです。組織の者たちが目を覚ます前に、どうか早く! 』
逃げるのだとアイムが急かす。
── ジュダルがいない……。
それを聞いて胸の奥が疼き痛んだのは、気の迷いだろうか。
いないなら、チャンスじゃないか。
簡単に望みを絶ってしまう、恐ろしいほどに強大な魔法使いが、行く手を阻むことはないのだから。
── 逃げなきゃっ……!
情動が刺激されて、勢いをつけて寝台から立ち上がる。
とたんに、小さな金属音が鳴り響き、何かが床を跳ねて転がった。
窓から差し込む月光に照らされて、キラリと光るそれは、銀色の髪飾りだった。
月の紋様が描かれていて、縁には深紅の小さな宝石が散りばめられている、筒状の綺麗な……。
「これって……」
── 宮廷に来たばかりの頃、お祭りに連れて行ってくれたジュダルからもらった……。
いつもつけていた、馴染み深い髪飾り。
眠る前に取ったのだろうか。
外した記憶もないのに……。
複雑な感情が渦巻く中、確かめるように手で触れた長い白髪は、知らぬ間にほどけて背中で広がっていた。