第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
ひどい怪我を負ったあとに感じる、特有の重く気だるい疲労感もなければ、くらくらと吐き気がするような目眩もない。
むしろ調子は良すぎるくらいで、疲れを思い出そうとする方が困難なくらいだ。
今まで動けずに眠っていたようには、とても思えない。
「さっぱりわかんない……。私、なんで記憶が……。いつ宮廷に戻って……? 」
途絶えている記憶を必死に思いだそうとするのに、脳裏によみがえるのは暗黒が絡みついた、あの瞬間ばかりだ。
わからなすぎて、頭が混乱した。
『やはり、忘れられているのですね。今までのことを……』
「忘れている……? 」
聞こえたアイムの言葉に耳を疑った。
「忘れているって、どういうことよ。あなたは知っているっていうの? 」
『はい、私はあなた様の側にずっといましたので……。
あなた様は堕転されてから、あなた様であって、そうでないものに変質されているようでした。それゆえ、記憶がないのでしょう』
「変質していた……。違うものになっていたってこと……? 」
『そうです……。闇に呑まれて変わられてしまったあなた様は、今のあなた様とはまるで違いました。
あなた様は、今まで憎まれていたあの組織に属し、あの者たちのもとで過ごされていたのですよ』
「私が!? 」
その言葉に衝撃を覚えて、動揺しながら 腕輪に浮かぶ金色の瞳を見つめた。
こちらをまっすぐに見据えるアイムの瞳の側には、なぜか銀を曇らせるようなサビ色がこびりついている。
不穏を感じるその色に気づいてしまって怖くなった。
肌にもその色が続いていたから。
色をたどるように手を開いたそこに、乾いた褐色のものがかすれて付着していた。
「これって……、血……? 」
『はい……。あなた様のものではありませんが……』
言いにくそうに、アイムは目を伏せていた。
「そんな……」
汚れた手の平を見て青ざめる。
恐ろしいことが想像されて、心がかき乱された。
── 私……、まさか、また誰かを傷つけてしまったの?
怒りに囚われて、黒いジンと化した少年を殺めてしまった時のように……。
その記憶がないから余計に怖かった。
堕転してから、今まで……、組織に利用されていたのだとしたら、覚えがない知らない期間に、自分はいったいどれだけのことをしていたのだろうか。