第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
闇の奥で誰かの声がした。
やけに遠くて、聞き取れない声が。
── ****っ!
何かを言ったその声に、強く名前を呼ばれた気がして、ハイリアは目を見開いた。
目覚めたそこは、影に包まれた薄暗い場所。
天井を見上げているその目に、格子窓から漏れる白い光が差し込んで眩しかった。
── 満月……?
闇夜に浮かんでいた丸いものを捉えて理解する。
それと同時に不思議に思った。
なぜあんな月が見えるのだろうかと。
あの組織に捕まり、地下の部屋に監禁状態にあった自分は、空なんてしばらく見ていなかったのに……。
『目覚められましたか? 』
響いたその声にハッとする。
「アイム……? 」
『はい、我が王よ。あなた様は……、ハイリア様、なのですよね? 』
「私……? 私は、わたしで……、って何変なこと言って……」
さっきの呼ぶ声は、アイムの声だったのだろうか。
「ここは、どこなの……? 」
突然、変わっている状況に戸惑いながら身体を起こすと、見慣れた部屋が目に入った。
宮廷にある自分の部屋だ。
その寝台で眠っていたようだった。
「どういうこと……? 」
組織の者たちが集う、あの広間から移動した覚えはないのに、なぜ宮廷に戻っているのだろう。
── あの時、私は、確かに堕ちて……。
身体を突き刺した氷槍の感触と、倒れた自分を取り囲んでいた冷たい視線は、しっかりと覚えている。
絶望に押しつぶされて、闇の巨鳥に導かれるように暗黒に染まり堕ちたあの瞬間も。
それなのに、その後が何も思い出せない。
あんなに心を支配していた激しい怒りも、悲しみも、今はなぜか感じなくて……。
── あのあと、いったいどうなって……?
困惑しながら部屋を見渡すうちに、着ている服が変わっていることにも気がついた。
袖がない、黒の支那服。
覚えがないそれは、太ももの辺りから深いスリットが入った色っぽいものだ。
肩から露出している腕にも、衣類の切れ目から覗く脚にも、肌に傷跡はない。
── また、魔法で治された……?
組織のアジトでマゴイを暴走させて倒れた時のように、治療を施されてから体力を回復するために、ずっと眠っていたのだろうか。
しかし、それにしては今の体調と、つり合いがとれていないように思う。