第26章 緋色の夢 〔Ⅺ〕
『どうしたのだ、我らの愛しき娘子よ。我らを従え、おまえが恨む者を絶ち、あの「マギ」を手におさめるのではなかったのか? 』
絶望感に囚われる中、闇の巨鳥の声がした。
「だったら、私に力を貸して……! 」
『それは無理だ。我らは「マギ」には逆らえぬ。お主には充分に力を尽くしたはずだ。あとは、おまえ自身の力で成すべきことであろう? 』
悪魔のように、くつくつと笑う声が頭に響く。
嘲笑うようなその声に、わずかな希望さえ握り潰された気がした。
「うるさいっ、何もできないなら黙っててよ!! 」
見えない巨鳥に苛立って、地面に刃を打ち立てる。
虚しい金属音が響き、血筋が刻まれた手が悲鳴をあげて震えていた。
「誰と話してやがる? おまえの相手はこっちだろ」
見上げた霧の中に、黒い影を見つけて目を見開く。
かすみに浮かぶジュダルの後ろには、いくつもの鋭い影が並んでいた。
それが鋭利な氷の刃だとわかって息をのむ。
「さっきの忘れもんだ、ハイリア。くれてやるよ」
ジュダルが口元を吊り上げて、その影を動かした。
「サルグ・アルサーロス!! 」
いくつもの氷槍が一斉に刃を向けて降り注ぐ。
あんなものに対抗する手段なんて、もう残っていない。
霧の奥で、かすむ壇上に腰掛ける女の影が笑っていた。
── やっとここまで来たのに……!
あの憎たらしい女に手をくだせる場所まで。
── こんなところで、負けるわけには……!
地面に突き立てた剣を支えに、ふらつく身体を奮い立たせたが、動かない足は、まるで重石がついているようだった。
立ち上がる力すら、うまく入らない。
「お願い、動いて! 動いてよ!! 」
声を張り上げても、何も変わらなくて悔しくなる。
無慈悲で冷たい氷の刃は、それでも突き刺そうと迫る。
── どうして……? なんで届かないのよ……。
こんなに近くにいるのに。
声だって届く距離なのに。
空に浮かぶジュダルは、膨大な魔力をふるいながら無邪気に笑っていた。
かなわないその姿に涙が滲む。
── 私は、ただ……。
この非道な組織を滅ぼして。
あなたをここから連れ出して。
「一緒にいたかった、だけなのに……! 」
小さくかすれたその声をかき消すように、降り注いだ氷槍が肩を貫いた。