第25章 緋色の夢 〔Ⅹ〕
── あなたは、誰……?
その影に問いかけると、鳴き声を上げる黒ルフたちがざわめいた。
奥にいる巨大な影が、ゆっくりと目を開く。
黒くて大きな翼を羽ばたかせながら。
── 鳥……?
巨大な翼を広げたそれを見つめていると、黒いその者と目が合った。
『おやおや……、誰かと思えば、これは珍客だ。おまえのような者が、こちら側へやってくるとは……』
闇のようなそれが、自分の姿を見るなり、そう言った。
── おまえのような者……? あなた、私を知っているの?
ハイリアが問いかけると、黒い鳥のようなそれが大きく目を見開いた。
『お主、まさか、自分が何かも知らぬのか? 』
── 私が、何か……?
よくわからないことを言う巨大な影に首を傾げたとたん、それがくつくつと笑い出す。
『くはははっ、面白い! これは良い……。我が側に来ればよい、月橘のような娘よ』
うごめくその闇が手招くように黒い翼を動かすと、勝手に身体がその闇に引き寄せられていった。
近づいたそれは、やはり大きな黒い鳥だった。
一口で呑み込まれてしまいそうな程の大きさの、鋭い鉤爪をもつ、鷲のようにも見える黒い巨鳥。
無数の黒ルフたちを引き連れるその姿は、闇の塊のようでもある。
妖しげな瞳をもつそれが、小さなハイリアを楽しげに見下ろしていた。
── どういう事? 私を知っている?
『ああ、我はおまえをよく知っている』
黒いそれが目を細めて笑う。
── 私はあなたなんて知らないわ……。
『知らぬならそれで良いのだ。我を知らぬことなど、たいした問題ではないのだからな。お主のその迷いにくらべれば……』
── 私の迷い……?
『迷っているではないか。そうであろう? 我にはわかるぞ。おまえに根づく確かな闇が……』
黒い巨鳥が言ったとたん、うごめいた周囲の闇が水鏡のように揺らめいた。
そこに過去の記憶が映り出す。
燃え上がる滅びた故郷の光景が。
血に染まり倒れる砂漠の村人と、ムトたちの姿が。
黒剣を掲げる黒い化け物が。
炭のように壊れた少年が。
笑う覆面の男たちの姿が。
口元を吊り上げるジュダルの姿が。
── やめて……!
耐えきれずに叫んだ瞬間、黒の記憶が闇の中にかき消えた。
思い出したくなかったその記憶に、ハイリアは震えながら瞳を揺るがせた。