第25章 緋色の夢 〔Ⅹ〕
囚われそうな怒りがこみ上げて、彼に憎しみをぶつけそうになったその瞬間、ふいに柔らかな笑顔を送られて、ハイリアは目を見開いた。
「なぁ、楽になっちまえよ、ハイリア……。おまえには、もうこの道しか残ってねーんだ。おまえが苦しむことなんて、俺は望んでいないんだぜ? 」
嘘だとわかっているのに動揺した。
それが余計に胸を締め付けて苦しいのに、ジュダルは優しく頭を撫でてくる。
「運命を恨め。俺がおまえの手を取ってやる。だから、堪えることなんてやめちまえよ」
ささやくような彼の声が、ゆっくりと揺れる心に染み渡った。
慰めるように抱きしめられて、冷たくなったものが、ほどかれていく。
温もりはずるい。
優しくなんて、しないでほしかった。
ひとりぼっちで闇に突き落とされる方がずっといいのに……。
「もうやめて……、ジュダル……」
── 私にこれ以上、あなたを恨ませないで……。
抱き寄せた身体に顔を埋め、身体を重ね合わせてきた彼の温もりを感じて涙した。
疼き暴れる黒の感情からは、逃げきれるのだろうか。
現実から目を背けるように、ハイリアは偽りの甘い罠に身を落として、まどろみの中に意識を閉じ込めた。
黒い波が揺らめいて、どこかに身体が落ち込んでいく。
深い、深い、闇の奥。
何かが合わさる感覚と共に、無数の何かがうごめいて見えた。
ビィービィーと鳴き声を上げている、この声は……。
── ルフ……?
けれども、その色は白ではない。
どこまでも深い、漆黒の闇のようなこのルフたちは、堕転した者たちが宿す黒ルフだ。
── 夢、なのかな……?
いつの間にか、黒ルフが集まる闇の中に立っていたハイリアの身体は、半透明に透けていた。
薄く白に輝くその身体からは、絡みつくような漆黒の闇が湧き出している。
── ああ、そうか……。私、ほとんど堕転してるから……。
だから、こんな場所にやってきたのだろうか。
黒ルフの群生が集まる場所。
こんな場所があるなんて知らなかった。
黒ルフたちが集う暗闇の奥には、何か黒くて大きなものがいる。
それが何かはわからないけれど、なんだか知っているような感じがした。