第25章 緋色の夢 〔Ⅹ〕
黒い感情に囚われるように、ジュダルの胸ぐらに手を伸ばして服を掴み込む。
その肌に傷をつけてやろうと爪を立てて、反発する何かの感情に叫ばれてハッとした。
── ダメっ……!
急いでその手を引っ込めたその瞬間、ハイリアに鋭い痛みが襲いかかった。
闇の疼きを抑えるたびに起こる、発作のようなものだ。
胸を走った毒牙のようなその痛みに、胸元の服を強く握りしめる。
寝台にうもれて痛みをこらえて息を乱し、どうにか浅い呼吸を繰り返していると、大きな溜め息が聞こえてきた。
「また、そうやって堪えやがって……。諦めちまえって、もう限界だろ? 呪印に抵抗したって、おまえがいつまでも苦しいだけだぜ」
ジュダルが呆れた様子で眺めていた。
「いやなの……、堕転は……! 」
呑み込まれそうな熱い感情を抑え込みながら、ハイリアは涙をこぼした。
湧き上がる黒の感情は、闇に堕とそうとおかしなことばかり自分に語りかけてくる。
その渦中にいると、感情が乱れて上手くコントロールできない。
── この闇に囚われたら……、たぶん、ワタシは……。
「よく耐えるな。おまえにとって、その呪印は毒みてーなもんだってのに……」
ふわりとジュダルの手の温もりが触れて、頬を伝った涙を拭っていった。
優しく思えるその温かさが辛い。
堪えている黒の感情が揺すり動かされて、何が正しいのかも、わからなくなりそうで。
「なー、ハイリア。こんな風になっちまったのは、なんでだと思う……? おまえがこんなに苦しむ原因になったのは……? 」
ジュダルの声が、耳の奥深くに響いてきた。
その声が揺れる水面のような心に、大きな波紋をつくり出す。
「おまえがチビの時に、親父どもの被験体にされちまったせいか……? 俺がおまえを、ここに連れてきちまったせいか……? それとも、おまえが俺の黒ルフに触れて深追いしちまったせいか……? 」
揺れ動く黒い水面の中に、今まで起こってきた様々な記憶が映り出していた。
おばあちゃんと過ごした日々も、ムトたちとの思い出も、宮廷にやってきてからのジュダルとの日常も……。
それが大きな波紋でかき消されて、鮮やかな記憶が闇の記憶に置き換わる。
故郷が滅んだあの頃に、ムトたちを失ったあの日に、ジュダルとの絆が壊れたあの時に……。