第25章 緋色の夢 〔Ⅹ〕
でも違う……。
そうじゃない自分の中にある何かが、彼を恨むことは嫌だと拒絶しているのだ。
それが何かはわからないけれど、彼は恨む対象ではないと、確信に近い何かがそう言っている。
そのせいで、余計に黒の感情が暴れ出しそうになり、それに抵抗するほど胸の奥で疼き痛んで苦しかった。
── もうやだ……、こんなに苦しいなら……。
命を絶ってしまいたいとさえ思うような、真っ黒な闇の波動が押し寄せた時、ふわりと甘い花の香りが舞い込んだ。
ジュダルが持ってきた虞美人草の、妙に優しい花の匂い。
その香りで、いくらか痛みが和らいで誤魔化される。
── やっぱり、ジュダルはずるいね……。
気まぐれに救いの手を差し伸べて……。
── こんなんで、あなたを恨めるはずがないじゃない……。
枯れかけた赤と白の花束を握り締めて、ハイリアは柔らかな寝台の中に埋もれ込んだ。
甘い、芳醇な香りに包まれる。
不思議な香り。
決して強い香りじゃないのに、忘れがたい、幻想のような匂いがする。
── 全部、夢だったらよかったのに……。
眠って目覚めたら、悲しいことは都合のいい幻に消えて、それでおしまい。
そうだったら、何も変わらずにいられたのに……。
「バカみたい……、もう戻れないのに……」
どこかでまだ、彼の嘘を信じているなんて……。
また涙がこぼれ落ちたのを感じながら、ハイリアは目を閉じた。
目を逸らしたところで、見えるのは暗い闇だった。
ただ静かなだけで、優しいかはわからないのに、なぜか安心していた。
きっと花の香りがするせいだ。