第25章 緋色の夢 〔Ⅹ〕
── 甘い、香り……?
芳香な匂いに誘われるようにハイリアが目を開けると、枕元のすぐ側に、赤と白の小さな花束があった。
── 虞美人草……?
ケシ科の花だ。
キャラバンの通り道にも、春になると道端によく見かけた色鮮やかな花。
けれど、なんでそんな花がここにあるのだろう?
なぜかやけに花びらがしわくちゃな、その花束に手を伸ばすと、カサついた感触が指に触れた。
摘まれてから水を与えられていないのか、花はすっかり萎れてしまっている。
嫌味のない、甘い香りを感じながら、恐らくこの場所にこの花を持ってきただろう、身勝手な少年を思い出した。
随分と乱暴にされたせいか、身体のあちこちがまだ痛い。
見れば、服は新たに白のワンピースに着替えさせられていた。
汗でベタついていた肌は、いつの間にか、さらりとしていてわずかに石鹸の香りがする。
それなのに、肌には付けられた傷跡が痣になって、あちこちに残っていた。
縛られた手首には、はっきりと紫の輪が浮かび上がっている。
暴走したマゴイが刻んだ傷は、跡形もなく消した癖に、自分がつけた印は消さないつもりらしい。
── ひどいヒト……。
こんなことをしておきながら、わざわざ花を持ってくるなんて、あの横暴な神官様は、いったい何を考えているんだろうか。
── 謝ってるつもりなの……?
考えてみて、それはないなと思った。
重しを感じた足元に、その少年の姿を見つけたからだ。
自分の膝を枕に使い、すぐ側で眠るジュダルは、悪びれもない穏やかな表情で、寝息をたてていた。
掛け物もかけずに、身体を丸めている様は、気ままな猫のようでもある。
複雑な思いに、胸が締め付けられるのを感じながら身体を起こすと、膝元にのっていた彼の頭が滑り落ちた。
気づかずに眠るジュダルから離れるように膝を抱えたとたん、頭の上からパラパラと色鮮やかな何かが、散らばり落ちてきた。
千切れた赤と白の花びらだ。
揺れる心情を面白がるように、悪戯に花の欠片が髪に絡んでいる。
否定したい事柄から目を背けることさえ、彼は許してくれないようだ。
距離を置いて存在を忘れられればいいのに、こんなに近くにいて……。
先程されたひどい仕打ちを思い出して、じんわりと涙が浮かんだ。