第25章 緋色の夢 〔Ⅹ〕
顔を上げたすぐ側にあった姿見の鏡には、戸惑う自分の姿が映りこんでいた。
── あれ……、そういえば傷がない……。
鏡に映った身体には、傷痕が一つもなかった。
刃物で切り裂かれたような、無数の傷が刻まれていたはずなのに。
── 誰かが、治したの……?
跡形もなく消えている身体の傷に躊躇いながら鏡を見つめるうちに、見知らぬ装飾品が映っていることに気づいて、ハイリアは首元に手を伸ばした。
中央に赤い石のはめられた細身の銀のチョーカーだ。
首輪のようなそれが、首筋にぴったりとはまりこんでいる。
── なんで、こんなものが……?
指先で触れていたその時、ギィッと扉が開く音がした。
振り返ったそこに顔をベールで隠した女官の姿が見えて、ハイリアは目を見開いた。
「あら、やっとお目覚めになられたのですね、ハイリア様。体調はいかがですか? 」
新しい水差しを持って近づいて来たその女は、どう見ても組織の者だ。
── そんな……、じゃあここは……?
動揺するハイリアの瞳に、女の後ろに開かれた扉が映る。
考えるより先に、足が動いていた。
勢いよく駆けだしたとたん、女の声が後ろから響く。
「あっ、ハイリア様! まだ走られては……! 」
部屋から廊下へ飛び出した瞬間、かがり火に照らされた薄暗い通路が目に入ってきて困惑した。
石造りの壁は、あの白い扉を越えた先にあるアジトのものとよく似ている。
いつからあの部屋にいたのだろう。
── なんでこんな場所に連れて来られて……?
不安が湧き出す脳裏に、覆面の男の言葉がよみがえる。
『その王は、我らの大事な被験体ですから』
思い出されたその言葉に、心臓をわしづかみにされたようだった。
考えたくもないことが頭をよぎる。
球体の中にいた、迷宮生物と合成された煌の武官たちの異様な姿が浮かび、黒いジンと成り果て、もろい石のようにひび割れながら壊れていった少年の姿が思い出された。
── いやだ、いやだ、いやだ……!
必死で廊下を駆ける中、急に目の前が霞んで真っ暗になった。
足が抜けるように落ち込んで、衝撃を受ける。
転び倒れたその床が、ぐらぐらと揺れ動いて見えた。
── なにこれ……、めまい……?