第24章 緋色の夢 〔Ⅸ〕
「優しい人だったんだ。君みたいに気も強くてさあ……、よく喧嘩ばかりしていた気がするよ……。それなのに、側に居るとなんだか安心してさ……。
そういえば、あの人も泣き虫だったなあ……。僕が復讐に憑りつかれたなんて知ったら、きっとまた、怒るんだろうな……」
ひび割れた少年の優しげな眼差しが、寂しそうに揺らいでいた。
「あいつに復讐は、できなかったけれど……、不思議と、気分は悪くなくてさ。なんでだろうな……。さっきまであんなに……、あいつのことを、憎み恨んでいたはずなのに……。もう、どうでもいい気がするんだ……。
君が、側にいるからかもな……。ごめんな……、僕が刺した傷、まだ痛むかい? 」
「そんなこと、もういいからっ……! 」
刺された左肩のことなんて、もうどうでもいい……。
少年の身体は支える指先から少しずつこぼれ落ちて、どんどん割れ壊れていっているのに、自分は何もすることができない。
ただその身体を抱えていることしかできないことが、どうしようもなく悔しかった。
彼の身体をこんなにしたのは、他でもない自分なのに……。
助けられる方法があればいいのにと、やりきれない気持ちばかりが募った。
「やっぱり、似てるなあ……。なあ、笑ってくれないかい? 君に泣かれると困るんだ。あの人が泣いているみたいでさ……」
声に力のない少年に言われて、必死に笑顔を作り浮かべようとしてみたけれど、涙が溢れて止まらなかった。
全然、笑顔なんか作れない。どうにか口角を少し上げるのが精一杯だ。
「あははっ、ひどい顔だな……。無理を言ってごめんな……。きっと、あの人も泣いているんだ。約束を守れなかった僕を見て……。
あの人の言う通りだ……、復讐なんかしたって意味がないんだな……、結局、自分の身を滅ぼして馬鹿みたいだ……。今更、気づいたって遅いのにな……」
「そんなことないよっ……! 」
「優しいなあ、君は……。でも、もう遅いんだ……。僕は、もう……、あの人の元へは行けない……」
ハイリアの頬を伝った涙が落ち、ひび割れた少年の目元を伝っていった。
壊れていくその黒い身体から、真っ黒なルフたちが溢れ出す。
ピシピシと細かな亀裂が入る音がいくつも響き、ハイリアの腕の中からまた一つ、黒の破片が崩れ落ちていった。