第24章 緋色の夢 〔Ⅸ〕
『そうだな、ここ数年はどこもだめだ。
西はレーム帝国とパルテビア帝国との抗争で、ただでさえ荒れているというのに、戦を退いたはずのムスタシム王国でも内乱が起きそうだと噂を聞く。しばらくは落ち着きそうにないな。
東も大変だろう? 近年、勢いを増す煌帝国に領土を奪われる小国が多く、治安が落ち着いていないとは聞いていたが、どの町でも馬車で向かえば盗賊じゃないかと疑われるよ。
商売をする前に、追い返されることが多くて困っているさ』
『そうかい、どこもきな臭くて嫌じゃのう……。噂では、盗賊団に焼き落とされた町まであるそうじゃよ。そのせいで、見知らぬ者に対する受け入れが、皆うまくできんのじゃろう。
この村にも、人さらいや盗賊団が来ることが増えてねぇ……。何回か被害にあっているせいで、村の衆がピリピリしておるんじゃよ』
『なるほどな……、どうりでどこもキャラバンの受け入れが悪いわけだ』
そう言ってムトは、膝元で眠るハイリアを見つめた。
寝息を立てているバカみたいに無防備なハイリアは、すっかり安心しきった顔してムトに寄り添っている。
『……ハイリアは、婆さんのお孫さんなのかい? 』
『いいや、孫ではない。血の繋がりはないんじゃ。ハイリアは、赤子の頃に村のご神木に置き去りにされていた子でな、おばばが引きとって育てたのじゃ。
今では可愛い、おばばの子じゃよ』
『それで、名前が東方らしくないのか……』
『そうじゃな、この子の親御の形見に名前が刻まれていてのう、どうしようか迷ったがそのままつけたのじゃ。
いつかハイリアが大きくなった時に、本当の親御に会いたいと思うかもしれんからのう。
しかし、親御の手がかりは、この子を包んでいた衣に入っていた名前の書かれた腕輪だけで、どこの国の物かもはっきりしなくてのう……。
そうじゃあ、おまえさん。商人ならコレがどこの物かわからんかえ? 』
そう言って老婆は立ち上がると、側にある戸棚から二対の銀の腕輪を取り出した。
── あれって、あいつの……!?
繊細なつくりの銀の腕輪に星印はないが、あれはどう見ても今のハイリアの金属器だ。
老婆はその腕輪をムトに手渡すと、それを細部まで確認する男の姿を見守っていた。