第24章 緋色の夢 〔Ⅸ〕
分厚い書物を腕に抱えながら、ハイリアは『銀行屋』の男と共に薄暗い階段を降りていた。
何かの資料らしい紙の束がとじられているこの書物を、地下の部屋まで運ぶのだと言う。
渦巻くように地下へと向かう石畳の螺旋階段に、カツンカツンと長い杖が段を叩く音と、二つの足音が反響して響きわたっていた。
「それにしても、新入りだと言いますから、どれだけわたくしの足を引っ張るかと思いましたが、案外あなたは仕事覚えが良いですな」
「あ、ありがとうございます……」
低く潰れたような裏声で言いながら、褒められても全然嬉しくなくて、微妙な気分になっていた。
書物や書簡の整理なんて、普段やっていることだから造作もないことだ。
さきほど、この男に連れられて書物を取りに行った部屋で手伝わされた作業も、同じ系統のものだったからできただけなのだけれど、よく考えると組織探るために侵入したのに、何をやっているのだろうかと思ってしまう。
── せっかく上手くアジトに入り込めたのに、まだ何もこの組織の秘密を掴めてないなんて……。
先程の部屋で見つけた書物も、書簡も、特に変わったものは見当たらなかった。
宮廷での文官たちの手伝いでもよく見かける、ただの形式上の連絡事項ばかり。
こんなどうでもいいことを知るために、危険を冒してまで忍び込んだわけじゃない。
とはいえ、今更この男から離れて複雑に入り乱れたアジトの中を探る気にもならない。
地図もないため、このアジトの構造自体がよくわからないのだから迷子になりかねないし、一人の『銀行屋』として存在を知られているこの状況下で、不自然な行動をしているのを見られてしまったら、侵入者かと疑われてしまう可能性が高いだろう。
組織の者である従者たちの側にいることは確かに危険が伴うけれど、上手く利用すれば組織の動向を探るのに、こんなに最適な場所はないのだから。
── せめて、次に行く場所には、何かしらの手がかりがあればいいんだけど……。
自然と大きなため息が出てしまって、ハイリアは慌てて息を引っ込めた。
ちらりと隣を伺うと、側を歩く覆面の男がこちらに視線を止めていたから困った。