第24章 緋色の夢 〔Ⅸ〕
『おばあちゃん! へんなルフがいるー! 』
『変なルフじゃあ? 』
草花を摘んでいた手を止めた老婆が、目を細めて空を見上げたが、こちらと視点が合うことはなかった。
空をいくらか見渡して息をつく。
『なんにもおらんよ? 鳥か何かと間違えたんじゃないのかい? 』
『ちがうもん! ほんとにいるもん! ほら、あそこー!! 』
『…………そうかい、そうかい。じゃが、おばばには見えん。ルフなら悪さはせんはずじゃあ。ほれ、気を取られてないで薬草摘みを手伝っておくれ、ハイリア』
『……はぁーい』
ぷくっと頬を膨らませながら、ハイリアはもう一度空を見上げたあと、仕方なさそうに地面に咲く草花に手を伸ばしていた。
── なんだ、チビのハイリアにしか俺の姿は見えねーのか。
あの婆さんにもルフは見えていたようだったが、あいつの記憶の中だからなのかもしれない。
ようはチビのハイリアに掴まれさえしなければ、身体の自由はきくということだ。
── そういえば、これがあいつの記憶ってことは……、あいつ……ルフが見えてるってことなんだよな……。
もやもやとした複雑な気分を覚えてジュダルは顔をしかめた。
老婆の側にいる小さな白い姿を空から見下ろしながら、いつも側にいる側近の姿を思い出す。
あいつが宮廷に来てから、ルフが見える素振りを見せたことなんて今まで一度もない。
ずっと自分にルフが見えることを隠し通してきた、ということなのだろう。
── おまえ……、どこまで俺に隠し事してやがるんだ?
昨日の不自然なマゴイの消費と、治してやった違和感を覚えた傷痕を思い出し、ジュダルは舌打ちをした。
数日前から急に見始めたこの記憶がハイリアのものだということは、『神事』の時にみた妙な夢も、今見るこの記憶の中に引き込まれた理由も、あいつが何かしら関係しているということだ。
他者の夢に影響を及ぼすほどの力なんて魔法ぐらいしか考えられないのだが、あいつはいったい何をしてくれたのだろうか。
しかもあいつは、全く記憶に関係しないはずの自分を過去の記憶の中へ引き込んでいる。
こんなことは、あいつと何か深い繋がりを持たない限りは起きないはずだ。