第23章 緋色の夢 〔Ⅷ〕
棘のようなものがズキズキと胸の奥で疼き痛む感覚は、黒ルフに宿る闇の声を聞いた時のようで、ひどく気持ちが悪かった。
眠るジュダルの側を飛び交う黒いルフの姿が見えて、異様な『神事』の光景を思い出し、ハイリアは目を伏せた。
あんなことを、ジュダルに続けさせていいはずがない。
黒ルフに宿る闇からは、まるですべてを呪うような冷たい声がしていた。
なんであんなルフが存在するのかわからないけれど、あの黒ルフをずっと宿していてはいけない気がする。
あのままでは、きっと苦しくていつか壊れてしまう。
だから、黒ルフを宿すあの組織を知らなければ。
黒ルフを操り、ジュダルを闇に堕とすような神事を行っていた従者らの真意を。
煌の宮廷にはびこる闇の正体を。
過去の記憶にさえ関わる黒ルフの接点を。
── スベテ、突き止めテ暴いてヤラナケレバ!
絡みつくようなドロリとした熱が湧き上がり、胸の奥で黒の感情が渦巻いた。
ぎゅっと拳を強く握りしめた手元に、包帯が無くなっていることに驚いて腕を伸ばす。
弾けたガラス片で傷ついたはずの怪我が、いつの間にか綺麗に消えていた。
── 治してくれたんだ……。
ジュダルに傷を見られたのだと思うと、複雑な気持ちが渦巻いた。
いくらジュダルでも、あの傷が剣で傷つけたものではないことくらいわかったはずだ。
── 嘘つきでごめんね……。でも、あなたには知られたくなかったの……。
すやすやと隣で眠るジュダルを見つめ、ハイリアはわずかに微笑んだ。
「ありがとう、それでも側にいてくれて……」
眠る彼の唇にそっとキスをした。
隠れて交わした口づけは、とても照れくさかったけれど、少し気持ちが和らいだ。
温かさと柔らかさに、嘘でも黒い疼きが無くなった気がして。
「行ってくるね……」
そう言って、寝台から降りようと身体を動かしたとたん、服が引きつれてドキリとする。
振り返り見ると、眠るジュダルが自分の服の裾を掴んでいることに気がついた。
止められているのだろうか。眠っているくせに、硬く握りしめていたから困ってしまう。
「ちゃんと戻ってくるから……」
苦笑しながら彼の手を開き、掴まれていた服を引き出すと、ハイリアは気づかれないように寝台を降りて、静かに部屋を出た。