第23章 緋色の夢 〔Ⅷ〕
おかしいとは思っていた。
宮廷に来たばかりの頃にルフを濁らせていた時でさえ、気づけばルフのよどみを消し去り、透き通るまでに白い輝きを取り戻していたような奴が、急に数日前からルフを陰らせ、黒く染まり始めたのだ。
呆れるほどに純白の光を携えていたルフが、こんなに早く濁り染まり、堕転へ傾くのには、違和感を覚えた。
恐らくこいつのルフが、急激に汚れていた原因はこれだ。
この八芒星の印は、ただ識別番号が刻んであるだけではない。何か施された魔法が動いている。
目の前で苦しむハイリアが、玉艶や親父どもが言っていた『十年計画』とやらの被験体なのだということを思い出して、腹立たしさを感じた。
── くっそ、こんなもんがあるなんて聞いてねーぞ!
「大丈夫よ……、そんなに恐い顔しなくても……、平気だから」
胸の辺りの服を握りしめながら、ハイリアは作り笑いを浮かべていた。
「わかったから、さっさと休めよ」
煩わしい気分を感じてハイリアの頭を撫でてやると、こわばった表情が少し柔らかくなり、余計に面倒くさいような気分になる。
ようやく胸の辺りから手を放したハイリアは、ぼうっと、どこか遠くを見つめていた。
その胸に宿る八芒星から生み出されていた闇は、いつの間にか落ち着き、何もなかったかのようにただの印となっている。
苛立ちを覚えて顔をしかめると、視線を感じた。
「…………ねぇ、ジュダルは……、疲れてない? 辛かったり……、していない? 」
急に妙なことを聞いてきた、ハイリアが不安げな表情をしていて困惑する。
「な、なんだよ、いきなり……、なんともねーよ。ワケのわからねぇこと言ってねーで、早く休め! 」
「うん……」
力のないブドウ色の瞳が、じんわりと潤んでいるように見えた。
「あのね……、ジュダル……。少しわがまま、言ってもいい……? 」
「休めって言ってんのに口数の多い奴だな……。何だよ? 」
「……眠れるまで、側にいて……」
包帯の巻かれた手を伸ばして言うハイリアは、泣いてしまいそうで面倒くさい気分になった。
── ったく、おまえは……。こういう時だけ引っ付いてきやがって……。