第23章 緋色の夢 〔Ⅷ〕
『走るのです、ハイリア!! 』
戸惑いながらも、アイムに急かされて足に力を入れる。
無我夢中で廊下を走り抜けた。
振り返らずに別棟を出て回廊を走りきり、入り組んだ廊下を右往左往して駆け抜けると、ハイリアは宮廷の空き部屋の中へ滑り込むように入り込んだ。
扉を閉めたとたん、ぐらりと視界が揺れて座り込む。
硬い扉に背を預けると、緊張感が抜けてどっと汗が噴き出してきた。
急激に力が奪われたようで、身体がひどく重い。
息が切れた喉は熱いのに、なぜか寒気がする。
背中を伝うのは冷や汗なのかもしれない。
小刻みに震える身体を抱き込もうとして、右手に鋭い痛みを感じた。
指を開いた手の平には、切り裂けた傷と共に、ガラス片がいくつか突き刺さっていた。
それを引き抜いて投げ捨てると、じわじわと血が流れ出す。
持ち合わせていた布を取り出して強く巻いて縛り付けながら、ハイリアは息を整えた。
静かな部屋に響く荒い息遣いを聞いているうちに、頭がようやくはっきりと動き出してきた。
小瓶から飛んでいった黒いルフと、そこに宿っていた闇を思い出し、異様な『神事』の光景が脳裏によみがえる。
── あの黒いルフは、いったい……。どうしてあんなに冷たい声がルフの中から……?
命を紡ぐはずのルフに宿る声じゃなかった。まるで破滅へ導くような声で……。
色が違うだけじゃない。性質が違うだけじゃない。あのルフはもっと本質的なものから異なる何かだ。
どうしてあそこまで変わってしまっているのだろう。
なぜ彼らは、あの黒いルフを宿しているのだろうか。
あんな感情に身を包まれていたら、苦しくて壊れてしまうかもしれないのに……。