第23章 緋色の夢 〔Ⅷ〕
「ありがとうございました。呂斎殿」
いつものように礼を述べながら呂斎に向かって剣を差し出すと、蔑むような視線が注ぎ、ハイリアは目を見張った。
「ふん、いい気なものですな。たかが流民くせに」
当てつけるように悪態をつかれて、表情がこわばった。
長剣をもぎ取った呂斎は、まるで汚い物にでも触れたかのように剣の柄を布で拭き取り、鞘に収めていた。
「良いですなあ。皇子らに寵愛を受けた方は、何の苦労もせずに上官の立場に立てるようで……。
しかし、武術の腕前だけはあるようですな。野蛮で品がない太刀筋には驚きましたがね。それでよく、宮廷の武官が名乗れますなあ」
卑しい口調で嫌味を言われ、胸の奥がざわついた。
霧のようなわだかまりが募り、黒い棘が疼く。
「とてもまともな環境で、剣術を習った者には思えませンでしたからなあ。いったい誰に剣術を習ったのです? あなたの流派は? 師に名前はございましたかな?
まさか、盗賊上がりのならず者に、剣術を教わったのではないですよなあ……? 」
嘲笑を浮かべる呂斎を見た瞬間、激しい憤りを覚え、胸の中で疼いていた真っ黒な感情が急速に湧き上がるのを感じた。
どろりとまとわりつくような感覚が身体を支配する。
勢いよく目の前の男を蹴り倒すと、ハイリアは腰の短刀を引き抜いた。
起き上がる隙を与えずに、地面に倒れたその身体を足で押さえ込み、短刀を喉に突き立てる。
長剣へと手を伸ばした男の手を強く踏みつけると、呻いた男の声が聞こえた。
「貴様に、何がわかる? 」
ハイリアは冷ややかに男を見下ろしながら、短刀を喉元に押し当てた。
── クダラナイ、下劣なオトコ……。コンナオトコが、ワタシや師匠タチを侮辱シタナンテ……。
剣の切っ先が皮膚に軽く埋まったとたん、目を見開き固まっている男の表情が青ざめた。
── オマエガ、白瑛様にカワッテ、将にナロウナドと考エルコトスラ、甚ダシイワ。イッソ、ココデ、消してシマッタホウガ……。