第23章 緋色の夢 〔Ⅷ〕
広く灰色の雲がかかった空にかすむ太陽が、薄く稽古場を照らしていた。
そのわずかな光を受けて鈍い輝きを放つ双剣を振りながら、ハイリアは激しい攻撃を繰り出してくる目の前の男を見据え、攻撃の機会を伺っていた。
腕に響く重い斬撃を受け流し、長剣を振り回してくる男の太刀筋を観察する。
本日、朝の稽古試合で自分の相手となったのは、軍で千人長を任されている呂斎という男だ。
白瑛の征西軍部隊で共になる髭の生えた男は、武官としては中々の腕前だが、剣に宿る意志は曲がっているように感じる。
嫌味な視線を送ってくるせいだろうか、それとも、この男を見る自分の心が曲がっているのだろうか。
女官たちが話す、噂話を耳にしたからかもしれない。
今回の征西軍部隊で将軍となることを望んでいた呂斎は、将となった白瑛を妬んでいるらしい。
── この男に仕えている部下たちも、あまり好きではないのだけれど……。
勢いよく切り込んできた呂斎の太刀筋に隙を見つけて、ハイリアは刃を受け流し攻撃を避けると、強く足を踏み込んで、双剣で乱雑に切り込んだ。
刃がぶつかり合う激しい音を響かせ、男の太刀筋を乱しながら前へ前へと突き進む。
剣を受け流している呂斎の表情がだんだんと歪んでいき、勝ちを確信した。
流れを変えようと攻撃をしてくる太刀筋は、もはや手に取るようにわかる。
相手の斬撃は、こちらの思うままに動いていた。
伝う重い衝撃を利用して、右へ、左へと力を受け流し、攻撃の勢いを殺さずにハイリアは呂斎の間合いに入り込んだ。
顔を引きつらせた呂斎を見ながら、誘い通りに落ちてきた太刀筋に双剣を絡めて剣を弾き飛ばす。
長剣が空を舞い、地面に転がってカラカラと音を立てた。
「そこまで! 」
試合の行方を見守っていた青舜の声が響き、ハイリアは手にしていた稽古用の双剣を鞘に収めると、呂斎に向き合い拳を組んで礼をした。
少し離れた場所に飛んで行ってしまった長剣を取りに走り、地面に落ちているその剣を手に持つと、悔しそうに顔を歪めて立ち尽くしている呂斎の元へと駆けた。