第22章 緋色の夢 〔Ⅶ〕
『まだ、続けられるおつもりなのですか? 』
聞き覚えのある声に、ハイリアは顔をしかめた。
何も答えずに、ただ先に見える別棟を目指して歩みを進める。
『こんなことを続けて何になるというのです? もう、お止めください! 』
「…………」
『王よ! 』
「……うるさいわ。人が来るかもしれないんだから、黙っててよ」
銀の金属器に浮き出ているだろうアイムの瞳も確かめずに、ハイリアは小さな声で言うと、制止を無視して長い回廊を歩いた。
たどり着いた、静まりかえっている別棟の中へと足を進める。
中は暗闇に包まれていたが、闇に慣れた瞳は薄い月明かりでも中を見渡せた。
奥にある白い石造りの扉まで歩み、ハイリアはその冷たい扉に手を当てた。
とたんに光り浮き出た、昨日と同じトラン語の文字を確かめる。
『何度やっても同じです、我が王よ。「立ち去れ」と書かれているだけです! 』
説得するようなアイムの声が聞こえた。
「立ち去れ……、か」
『そうです。ですから、このような無意味なことは……! 』
「本当に、そう書かれていると思っているのアイム? 」
ハイリアが低く呟くと、金属器から聞こえていた声が急に途絶えた。
黙り込んだアイムに気づき、ハイリアは笑みを浮かべた。
「やっぱりねぇ、おかしいと思ったのよ……。あのあと、この扉で見かけた文字を本から探し出しても、どれも読み方が違ったんだもの。
アイム、私ねぇ、絵柄を覚えるのが得意なの。一度見たら、大抵のものは忘れないわ。キャラバンで使う地図も、行く先々のお店の看板も、日々変わる商品の値札も、そうやって覚えてきたんだもの。トラン語も同じ方法で暗記してきたわ」
覚えるものに偏りは出るけれど、暗記してきたおかげで、幸いここに書かれている文字はわかる。
パズルを解くように、覚えた文字のピースを頭の中で組み合わせていく。
確かめたかった、複雑に見える文字の羅列に指を置きながら、ハイリアは一文字、一文字、声に出して読み上げた。