第22章 緋色の夢 〔Ⅶ〕
寝台から抜け出したハイリアは、薄暗い部屋に眠るジュダルの額に軽くキスをして、彼の部屋からそっと外へ出た。
降り続いていた雨は、眠っている間に上がったようだった。
濡れた屋根に残る水滴が、時折落ちて地面を叩き、弾くような音を暗い廊下に響かせている。
空気はまだ雨の湿気を含んで、肌にまとわりついてくるような気持ちの悪さがあるが、空を包む暗闇はほんのりと明るく光っていた。
仰ぎ見ると、日の出前となった紺色の西の空に「居待ち月」が分厚い雲の合間から顔を覗かせていた。
闇に輝くかすかな銀影に少しだけ気分が和らいだ。
── 今日は晴れてくれるかな……。
明るい太陽の日差しでも浴びることができれば、浮かない気持ちも晴れるかもしれない。
── そんなわけないか……。
薄く笑みを浮かべて、ハイリアはすぐ側にある自分の部屋の中へと入った。
棚の奥に隠していた、昨日手に入れた従者の衣装を取り出して服の上に着込むと、暗闇に包まれている宮廷の廊下へと戻り、一人歩き出した。
暗く長い廊下は、誰も歩いていない。ほとんどの者は、この時間眠っているのだから当然だ。
こんな早朝に動いている者なんて決まった者達しかいない。
城の警護をしている兵や、炊事のために早く起きている女官たちがそうだが、彼らの居る場所はだいたい決まっている。
面倒な者たちに気づかれないために、人の少ないこの時間を選んで動こうと昨日から決めていた。
『銀行屋』とそっくりに変装できるようになった今、官吏たちに姿を見られようと問題はなくなったわけだが、あの場所に向かうのだから、気は引き締めておかなければいけない。
あの場所を探る上で一番厄介になる神官様は、朝が苦手だから余程のことがなければ起きることはないはずだが、もしもということがある。
彼が目覚める前に、確かめたいことを早く終わらせておかなければいけない。
歩調を速めながら通路を曲がった先に見えた、朱色の回廊に足を踏み入れたとたん、頭に響くような声が聞こえてきた。