第21章 緋色の夢 〔Ⅵ〕
ポツポツと弾くような音と、頬に当たる冷たい水滴に気づき、膝を抱えてうずくまっていたハイリアは顔を上げた。
いつの間にか大きな雨粒が、黒い雲からいくつもこぼれ落ちてきていた。
徐々に激しくなる雨脚を肌に感じながら、ハイリアはうつろな表情で、頭上に広がる色の薄い花を仰ぎ見た。
よどんだ雲と交わって影をおびた淡い光のように見える桜の花は、色がはっきりとしなくて、かすんで消えてしまいそうだった。
雨粒に弾かれて大きく揺れる花の合間から、冷たい滴がいくつも落ちてきて、頬を伝い、髪を濡らし、少しずつ服にまで染み込んでいくのがわかったが、そんなことはどうでもよく思えた。
立ち込める湿っぽい空気と、地面を叩く雨音を聞きながら、ハイリアは膝を抱き寄せて顔を埋めた。
起きたことは突然すぎて、頭がまだ混乱している。
どうしていいかわからなくて、動き出せない。
思考がまとまらない中、駆けてくる足音が聞こえた。
「ハイリアちゃん、何やってるのよぉ! 」
声が聞こえ、視線を上げた先に立っていたのは紅玉だった。
慌てて走り込んで来たのか、血相を変えた彼女は傘もさしていなかった。
「早く宮廷に入りましょう! 風邪をひいてしまうわぁ! 」
紅玉に強く腕を引かれた瞬間、抱きしめられてから口づけをかわしたまでのあの時が脳裏をよぎり、気づけばハイリアは彼女の手を振り払っていた。
「ハイリアちゃん……? 」
驚いた表情で固まった紅玉を見て、はっと我に返る。
ひどいことをしてしまったことに気づき謝ろうとして、心配そうにこちらを見つめてきた紅玉の表情が、何も言わずに立ち去って行ったジュダルの寂しげな表情と重なって見えて、声が出なくなった。
「どうしたの? ハイリアちゃん……、何かあったの? 」
渦巻いている乱れた感情が、胸を締め付けてきた。