第21章 緋色の夢 〔Ⅵ〕
たどり着いた庭園には、淡紅色の花が咲く木があちこちに植わっていた。
見ごろを迎えたらしい花は満開で、風が吹くたびにひらひらと花びらが舞い落ちている様は、雪のようで綺麗だが、華やかな花も曇り空のせいで少し色あせて見える。
花見にでも来ていたのかと思ったが、端の方の木の幹に寄りかかり座っている真っ白な奴は、花に目もくれずに下の方を向いていた。
よく見ると本を手に持っている。
噛り付くように本を読んでいるハイリアの表情は、ひどく険しかった。
あんなに苦しそうに本を読む奴が、他にいるだろうか。
── 何やってんだ? あいつは……?
馬鹿みたいに難しい顔をしているハイリアに、呆れながらゆっくりと側に近づいたが、本に集中しているのか足音にも全く気がついていないようだった。
後ろから本を覗き込むと、ややこしい文字の羅列が見えて、トラン語だとわかった。
そういえば、少し前に紅炎からトラン語の入門書を借りたことを、こいつは話していた。
途中で諦めたのか、最近はこの本を読んでいなかったはずだが、急にまた読み始めたらしい。
それにしても、すぐ後ろに立っているというのに一向に気づく気配がない。抜けているにも程がある。
ジュダルは座り込むと、ハイリアの耳元に向かってわざと声を張り上げた。
「いい加減気づけよ、バカ! 」
ビクリッと大きく身体を震わせたハイリアは、かなり驚いたのか本を地面に落としていた。
目を丸くしながら振り返り見てきた表情は、思った通りのもので笑えた。
「じゅ、ジュダル!? いつ帰って……? 」
「今さっきだ。あんまり気づかねーから、どうしようかと思ったぜ」
にやりと笑みを浮かべて見せると、ハイリアは大きく息をついた。
「もう……、驚かせないでよ……。びっくりしたじゃない! 」
そう言って、ハイリアは落とした本を拾い閉じた。表紙には『トラン語、入門編』と書かれている。